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薬剤師

薬剤師(やくざいし)は、「調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保する」高度専門職業人である(薬剤師法第一条)。現在日本でこの資格を得るには6年制の薬学部を卒業後、薬剤師国家試験に合格しなければならない。以下、主に日本の薬剤師について述べることとする。

 

薬剤師に付与される資格

無試験・講習(薬剤師資格があることにより付与される資格)

毒物劇物取扱責任者/食品衛生管理者/衛生検査技師/麻薬取締官/衛生管理者/船舶に乗り込む衛生管理者 など

有試験(受験資格が付与される資格)

臨床検査技師/甲種危険物取扱者/労働衛生コンサルタント/ など

有試験(選択科目が免除される資格)

弁理士・技術士など


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(以下 その他の情報)




クレオパトラ7世

プトレマイオス朝では、権力を巡る骨肉の争いが常態化していた。事実、紀元前55年(クレオパトラ14歳のとき)、父(プトレマイオス12世)とクレオパトラの姉(ベレニケ4世)は王位を巡って争い、父がローマの支援を得て勝利してベレニケを処刑した。このようにエジプト国内は不安定な状況下に置かれていた。

紀元前51年、クレオパトラが18歳のときプトレマイオス12世が死亡したが、父王の遺言とプトレマイオス朝の慣例にのっとり、兄弟で最も年長のクレオパトラが弟のプトレマイオス13世と結婚し、共同で王位(ファラオ)に就いた。クレオパトラは強大なローマとの同盟が唯一エジプトの存続の道であると考えたが、弟王との共同統治は弟王の側近の介入により齟齬をきたした。

紀元前49年、ガイウス・ユリウス・カエサル派とグナエウス・ポンペイウスらの元老院派との間で内戦が勃発、父王時代からの繋がりでクレオパトラは元老院派を支援し、ポンペイウスの子小ポンペイウスはアレクサンドリアを訪れ、クレオパトラに兵員と食料の協力を要請したとき、女王は、この小ポンペイウスに対し、予想を上回る兵員及び食料を提供した。この際、クレオパトラは小ポンペイウスの愛人となった。 しかし紀元前48年の春、このクレオパトラの動きに不信を募らせたローマからの独立を標榜するプトレマイオス13世派は、アレクサンドリア住民が親ローマ主義のクレオパトラに対して起した反乱に乗じてクーデターを決行し、クレオパトラを東部国境のペルシオンへと追いやった。






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カペー朝

987年、西フランク王国の国王ルイ5世の死去によりカロリング朝は断絶した。このため、諸侯の推挙により、フランス公兼パリ伯で、ロベール家の出身者であるユーグ・カペーが国王として推挙され、フランス王として即位することとなった。

しかしカペー朝は国王の権力基盤が非常に弱く、各地に伯(コメス)と呼ばれる諸侯たちが割拠しており、さらに隣国・イングランドの王位を持つノルマンディー公家(後にプランタジネット家)による圧迫を受けてフランスの領土の大半を支配されていた。国王はパリを中心とするイル=ド=フランスを抑えるのみで、王としての権威の他にはほとんど実効的な権力をもたなかった。

そのような中で、12世紀前半のルイ6世の時代から王権の強化が始まり、1180年、カペー朝の第7代国王として即位したフィリップ2世(尊厳王)は、巧みな政略結婚や、イングランド王室での内部抗争などを利用して国王の権力を強化することに成功した。そしてリチャード1世の死後、後を継いだジョン王が暗愚なのを見てノルマンディーやアンジューを奪い、一時はロンドンまでを支配するなど、領土を大きく拡大した。また、内政においても大学の設置や人材登用など、パリの発展に尽くすなどして、その後におけるフランス王国の基礎を作り上げた。


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