
テストも終わったし、バッチリ出来てる筈だし。
悩み事も無し、軽く道場寄ってから帰ろうかな。
「楓、ちょっと時間ある?」
「在るけど…どうかしたの真奈?」
真奈は、少し躊躇って屋上に行こうと言った。
屋上への扉を開けると吹き付ける風が強く感じた。
秋も終焉間近、だから屋上には人っ子一人居ない。
秘密の話をするなら、うってつけな場所だろう。
「風が冷たいねー、もう冬が来てるんだ」
「うん、私は冬が苦手だけど」
二人揃ってフェンスに寄りかかって下を見る。
昼間から部活を始めた生徒が規則正しく動く背景と化す。
「へえ、楓って秋生まれだから楓って名前なんでしょ?」
秋生まれだから楓とゆうから、私にしてはあまり気に入らない名前だ。
「そうだけど…私にとって気に入らない名前なの」
「うへ、自分の名前にケチ付けるかねアンタは。じゃあさ、楓は他の名前ならどんなのが良いの?」
「うーん……難しいなぁ…」
「新とか?」
「え、ええ? サラはサラが居るからサラなんて名前なんかダメだと思うけど」
この人は…核心を突く一言を容易く言った。
それに、見事に動揺した私も甘かった……。
「あははは、分かる分かる。私も新って名前羨ましいもん、アイツには似合わないよね」
と、声のトーンを上げて力説する真奈は楽しそうに笑っている。
「それで真奈、私を連れ出した理由ってなんだったの?」
とゆうか、雑談をするなら私としては教室に戻りたい。
「悪い悪い、新に関係する話なんだけどね。そう言えば、アンタ達って本当に付き合って無いんだ」
「そ、そりゃ勿論そんな関係を持とうとか持ちたいとか思った事は無いよ…」
無い、そう無いよ。
「ふーん。じゃあさ、新の事どう思ってる?」
ニヤニヤと笑う悪女。
本当に、この人には嘘を着けないな。
「どうって、ただの同級生だよ…それ以上でもそれ以下でも無いけど」
「ほほう、それ以下でも無い。つまり、まんざらでも無い訳だ」
より一層笑いが酷くなる真奈。
この人は男子にもこうだから、モテないんだってサラが言ってたな。
「違うってば。仮に私がそれ以上だったにしても、サラは…」
うん、きっとそう。
分かってるから分からなくていい。
「やっと地が出たね、やっぱりアンタも新の事好きなんだなあ」
と、意味深長な発言をした。
彼女は、引き際をよく知っている。
私としても、これ以上聞かれると嫌気が差す。
真奈は、少し溜め息をしてから果ての無いの天井を見つめた。
こうして、彼女を横目に見ると本当に綺麗な物だなって思う。
意志の強そうなギラギラ光る大きな二つの眼。
日本人とは思えないほどに整って収められた顔付き。
全てが、彼女の為にあるような。
多分、普通の男子なら返事二つで全然OKってくらい美人だ。
「それでさ、いつからなの? アンタが新を好きになったの」
真奈は、その顔付きのまま私にゆっくりと顔を向けた。
思わず私は顔を背けた。
あまりに綺麗な物体を見てしまって。
「分からない……今の今まで気が付かなかったから」
「へぇー、なんか良い恋だねえ。…アイツってさ、馬鹿だし運動神経無いし、責任感もない、オマケに口まで悪い。そんなアイツには女も寄り付かないし、友達も少ない…だろ? だけどさ、それはアイツの事を知らないからだと思う。本当はさ、一度アイツを知ったら離せなくなるほど良い奴なんだよね」
「そうだよね、そんなサラの何処が良いのかな」
「うーん、ちと話がズレたけど…。そうだね、アイツは絶対に人を傷付けない。今までアイツが人を殴ったとかも聞かないし、アイツに傷付けられたなんて聴いたこと無いからね。だからアイツの周りに居る奴は、みんなアイツの事が好きなんだと思う。傷付けられるのに近くにいる奴は本当の馬鹿だからね」
やっぱり私と同じ意見だった。
サラは本当に優しい、それは並み半端な物ではなくて太陽のように、いつも近くにいてくれるけど、絶対的な距離感が在る。
努力とかじゃ埋められない虚無が在る。
それを知るのが嫌だから、サラの事を好きと認めるのが怖かった。
「だけどさ、アイツが一番周りを傷付けるよね。付かず離れずの関係を永遠と求めてくるし、罪な奴だわアイツは」
と、溜め息を交えて話す真奈の様子からして、真奈もサラが好きなのだと察した。
「話ってそれだけ…悪いね、わざわざ呼び出して」
「そんなこと無いよ、こっちも話できて楽しかったし」
彼女は、そのまま屋上を後にした。
一息着く。
心臓の高鳴りを抑えるためにリラックスする。
初めて自らのトラウマと向き合った人生初体験だ。
いつまでも、ドキドキと音がする。
頭に心臓を持ってきたように、音がはっきり聴こえる。
そして、脳裏に浮かぶのはさっきの出来事。
まさか、真奈はサラに言いに行ったのかも。
いや、きっとそう。
だから私を呼び出して聞いてきたんだ。
「ああ……先越されたなー」
ちょっと悲しい。
多分、サラとあんなに仲が良いからOKするに決まってるだろう。
でもそれも仕方無いから割り切る。
ふう…と、溜め息が白く濁って消えた。
うちの学校には体育館、学習館、弓道場、剣道場の館がある。
その中でも人気が在るのは弓道部。
イケメンの揃い組が集うからな、自然と女子も集まる。
そして人気が無いのが剣道部。
臭い冷たい地味の三拍子。
だが、俺は一番日本人らしく、場を清め、礼を尽くし、毅然とする格好いいスポーツだと認識している。
少し古びた剣道場に入ると、既に一人が練習をしていた。
もう一人は隅で正座をしている。
勿論二人共知り合いだ。
「お邪魔ですかな?」
「よう、新。遅かったな、こっちはアップは既に終わったぞ」
「まあ、そう急かすなよ。こっちも、ちょっとしたサプライズに在ったんでな。まあ下らん話だ」
近くにある胴着に着替え、鎧を身に付ける。
とりあえず重い。
これで50メートルを走るとタイムが小学生並みに落ちるくらい重い。
ま、体を守るためだからな、軽いと逆に心配だ。
ちょこんと、隅に座っている楓さんは、ぼんやり此方を仰いでいた。
「? どうかした楓さん? 俺が此処に来るの知らなかった?」
「別に…知らなかった訳じゃない」
「おいおい、やけに冷たいな」
「いや、元よりお前なんて嫌いなのさ楓さんは」
「言ったな眼鏡オタク!」
上段斜め右側より繰り出す斬激は、アップ途中の時矢のヘッドに向かって走った。
「貴様、闇討ちとは卑怯者がする事だろうが!」
軽々しくソレを避ける時矢の右手は、俺の左から横一筋に切り込んできた。
「関係無いな、隙あらば死ぬ。それが戦争《いくさ》だろうがあ!」
その一撃を、竹刀を返す際に左手を主軸に持ち替え、弾き返す。
「貴様には今日遅れた事を詫びる気持ちは無いのか!」
裸足でグリップし、再び鋭く突き返してくる時矢。
もはや高校生剣道では反則の技のオンパレード。
関係無い、躊躇ったら其処で負けだ。
「だから仕方ねえって詫びただろうが」
その一撃を上から払いのけ、下から思い切り竹刀を返す。
これは楓さんから学んだ一撃。
ツバメ返し。
佐々木小次郎の必殺技として名高い業には秘密がある。
本よりツバメを切るには二撃必要、しかしツバメは二撃前に逃げ去る。
ならば、ツバメは上が下かにしか逃げないので、一撃は囮、二撃で相手を追尾して仕留める戦法だ。
上手く、追尾した竹刀は時矢の左手を掠った。
「っち……癪な真似を!!」
二撃、三撃と繰り出される剣擬乱舞を避ける。
「怒ったら其処で負けだろ? 冷静になれよっと」
今度は右手に当たった。
だが音が今一、一本では無いな。
「アップしてこれかよ…。なら、話切り上げて早めに来れば良かった」
剣が交わり、強く力で押し合う。
お互いの力を比べるように。
「なら言え!!」
「いーわーねーえー!!」
へし合い押し合いが終わりを迎えるのはそう遅く無かった。
時矢が思い切り返した。
油断大敵、見事に俺は体制が大きく崩れた。
その一瞬の隙を突き、左横腹を切り払われた。
銅の鉄板一枚を挟んだダメージ。
生身でモロに喰らったら致命傷になりかねないだろう。
よろけてしゃがみ込んだ俺を、見下す時矢。
「残念だな、やはり腕は俺の方が上みたいだ」
「凄いですね、時矢さんは」
一部始終を、静観していた楓さんが時矢を褒め称えた。
「いや、それ程でもありませんよ。一度剣道を去ったコイツに負ける方が恥です」
謙虚に返しているつもりだろうが、恐らくかなり喜んでいるだろう。
お互いに礼をして、舞台から出ると終了。
「新、本当に遅れた理由ってのは何なんだ?」
「ったく、しつけーな眼鏡オタク。別に構わんだろう、俺の私情に口を挟むな」
あっさりしているように見える時矢だが、実はネチこくてしつこい。
兜を取ると、密封されていた頭の手拭いから汗が流れ落ちた。
「貴様、人を待たせて置いて何だその態度は」
「俺は女の子の時には絶対に遅れないけどな」
「そうまでして言いたくない事なのか? ならば言わなくて良い、だがお前が遅れるとは珍しいから気に掛かっただけだ」
愚痴りながら竹刀を置く時矢。
「そうそう、人生諦めが肝心だぜ」
続いて俺も竹刀を元に戻す。