
声がする。
誰かの胸の中、必死に私を抱えて走っている誰か。
血の匂いがする。
誰かが傷付き、悲鳴のような潰れる音。
夢を見る。
金色の野原を歩く。
音がする。
聴こえるのは風の音のみ。
香りがする。
香るのは懐かしい乾いた草薙の香り。
懐かしくて、私が世界で一番帰りたくない場所である。
家にずかずかと入り込む人達。田舎の古い家だからだろう、玄関の戸を開けると直ぐに小さなダイニングが露わになる。
戸を背にし、黄昏に染まった大気がユ
ラユラと幽霊のように揺らいでいた。
彼らが入ってきた時、世界が逆転した。
まるで既に死んでいるかのような錯覚に見回られ、まるで地表から空へと墜ちていく感覚にとらわれる。
五、六人の漆黒のローブを纏った儀式的な面持ちの男の人達は細長い何かで、無抵抗の祖母を殺した。
一貫、二貫。
鮮やかな真紅に染まる懐かしい椅子や机。
覆い被さる祖母だった物は、全身の穴から真紅の黒い液体を流していた。
近くに居た私にもソレは容赦なく突き刺した。
周りに飛び散る生命活動の根元は、無慈悲な男達の細長い棒を赤く染めていた。
貫かれた箇所は喉。
その孔から流れる真っ赤な液体。
動脈を刺されたのか、液体は勢い良く吹き出て辺りを染め上げた。
そして痛みの中、男の人達は言った。
“貴女は魔術の道を外れた。これは世界の意志だ”
と。
その後に古い家に火をつけた。
本当に辛くて、痛くて、悲しくて涙が止めどなく出続けた。
殺した人達が憎かった。
だけど此処までと私は小さいながらに思っていた。
死が迫る。
魔術師にとって死は当たり前の物、恐ろしい事は無ければならない。
血まみれの祖母に必死に助けを求めた。
祖母は死に際に笑った。
“ほら…泣かないの”
その後、私の喉の孔に何かを描いた。
“……私の意志は任しましたよ楓。今日から貴女は時の恩恵を受けるでしょう”
眼前の祖母はそれきりピクリとも動かなくなった。
祖母が培った様々な情報を頭に叩き込まれる感覚。
だが、その引き換えに私に魔術を教えてくれた師は私の目の前で命を絶たれた。
幼少時代の夢は其処で終わる。
いや、終わるしかないのだ、それ以上記憶が無いのだから。
目が覚める。
夢が消える。
そう、世界は此処から始まった。
……。
…………。
………………。
……………………。
夢が覚める。
ゆっくり呼吸すると、身体中が軋むのがわかる。
ぼんやりと、少し暗めの蛍光灯は辺りを照らしている。
見える景観は白い綺麗な部屋と真ん中の机の上に山ほど積み上げていている本だけ。
その他に、壁の至る所には様々な紋様が描かれていた。
恐らく魔術的な印だろう。
何個かの見た事の在る形に少し驚いた。
まさか、回路切断魔術なんて文献でしか見た事が無いから。
「目が覚めた?」
ベッドの軋む音。
傍らには真っ赤なカッターの上に白衣を羽織った女性が此方の具合を伺っていた。
その女性はゆったりと此方のベッドに腰掛けた。
「貴女、山吹の家系よね」
見ず知らずの女性は昔から知っていた様に、さらりと私の名前を告げた。
「貴女は………」
「本名は呪文みたいに長いから千夏って名乗ってるわ。尤も、新が勝手に付けたんだけど」
恐らく外国人だろう。
どことなく訛りがあるし、何より肩で切り揃えられた金髪で空のように綺麗な青い瞳なら日本人では無いと判るだろう。
「…千夏さん?」
「さんは余計よ、呼びたいなら好きに呼んでも良いけど」
と言うと、千夏さんは辺りの本棚を漁り始めた。
「在った在った。どれどれ、山吹山吹………ふぅん、やっぱり貴女は時の眼の末裔に当たる訳か」
パタンと、真っ赤な表紙に辞書の二倍は在りそうな本を閉じた。
「そうそう、アンタの魔術刻印て面白い所に描かれてるわね。喉に描いたのは何か特別な理由が在ったの?」
魔術刻印。
師が弟子に残す唯一の物理的な師弟関係の証し。
それを祖母が首にしたのは恐らくは怪我を塞ぐ為だろう。
「刻印の事はよく分からないのですが…恐らくは傷を塞ぐためかと」
「そう、なら一応アンタも魔術師に当たるわけね」
ならば良いと納得がいったのか、ようやく千夏さんに笑みがこぼれた。
「あの、新は無事なんでしょうか?」
「ああ、新の奴でしょ? 今は安定期に持っていったから大丈夫な筈よ」
刹那。
ゾクリと、背筋に悪寒が走った。
何かが、何かが何かに奪われていく。
否、私の体内の魔術回路から一気に魔力が吸い出されていく感覚。
「あっ……っく……」
「……またか」
再び険しい表情に戻った千夏さんは奥の部屋に入って行った。
数分して、ようやく吸引が収まった。
その間に此方の魔力の三割は何かに奪われた。
フラフラと千夏さんが戻ってソファーに寄りかかった。
「……全く、アイツふざけてるわ」
自分の手で顔を覆っている所を見る限り、彼女の魔力も相当削られているのだろう。
「アイツって…まさか新の事ですか?」
「そうよ、真っ当な魔術師がアイツに近付くなんて自殺行為だわ…」
千夏さんはそのままソファーに力無く沈み込んだ。
「新は、新は無事なんですよね?」
「無事よ一時的にね、ところでアンタの身体はどうなのよ?」
むくりと、起き上がって此方に近寄る千夏さん。
その手が私の額を触った。
「ふむ、熱は収まったみたいね。この分じゃ歩いても大丈夫だわ」
と、白衣姿の千夏さんはチョイチョイと手を拱いた。
私はそれに連られてベッドを後にした。
奥の部屋、其処に新が横に成っていた。
手術室に近い感じの部屋だけど、向こうの部屋と同様に、至る所に紋様が描かれていた。
まるで死んでいる様に穏やかに眠る新。
その体は至る所に先ほどの紋様が描かれ、ベッドの上なのだがまるで実験を受けている様だった。
ぐらりと、少し目眩がする。
血液が逆流して足に溜まる様な感覚。
しばらくして身体の浮遊感が収まり、ようやくソレを目にする事が出来た。
新の右脇腹の肉の中に、金色の回路のような物がはっきりと目にする事が出来るからだ。
「これって………」
「そうよ、貴女ほどの眼を持ってしたら見えるでしょう」
「でも有り得ません! 本来魔術回路と言う物はマナの通り道だけで在って知覚神経には反応しないって…」
「流石に山吹家ね、よく勉強しているじゃない。 そうよ、本来魔術回路は不可視だし五大感覚にも働きかけない。まあ、末端神経なんかには“熱い”か“痛い”って反応するって記述もあるけど」
「それが視覚に働きかけるって事は……」
「ええ、異常すぎる魔力の蓄積量よ。しかも、それだけじゃない」
千夏さんは新の傍らに立つと、抉られた脇腹に右手をかざした。
バチバチと電気がショートしたかのような音を立てた後、まるで元から無かったかの様に新の魔術回路は消え去った。
「え……!?」
「…そう、回路切断魔術よ。恐らく使っているのは私くらいね」
「じゃあ貴女の右手は………死んでいるんですか」
「ええ、最早魔術師としては二度と使えないわ。元よりソレ覚悟の上で刻み込んだから気にしないけどね」
「異端者…と成るのも覚悟の上で……?」
自然とジリジリと退いた。
体がうるさいくらいに危険だと満身創痍で訴えてくる。
「殺したいならどうぞ、勿論異端者として教会に追われるのを覚悟しているわ。そんなに構えなくとも、貴女の魔術師回路を焼き切ったりしないわよ」
千夏さんは嘘みたいに明るく笑った。
「そんな事より見てみなさい」
千夏さんが指を指す先には、先ほど新の魔術回路を消し去った部分が在った。
よく目を凝らして見てみると、小さく細い幾筋の金色の線がお互いに引っ張り会っている。
まるで蝋の様に何重にも何重にも重なって太い線に成りつつある魔術回路が目に伺えた。
「うそ……」
何より魔術回路が増える瞬間なんて物、世界のどんな文献を開いても出て来ない自信がある。
「新は体の中で魔術回路を増幅出来るの。恐らく、死なない限り永遠に増え続けると思うわ。それに新にはマナを強制的に吸引する器官がある、だからさっき私達の魔力を吸っていたのよ」
「でも許容量をオーバーした魔術師は廃人になるか自らの魔力の重圧により死ぬって」
「その通り、普通ならね。新の体は……そうね平均魔術師の魔力の許容量がコップ一杯なら、新のソレは海とでも言っておこうかしら。 さしずめ新はマナ核融合炉って位置付けになるわね」
「なっ………」
ぐらりと世界が歪んだ。
必死に足でバランスを取るが覚束ない。
「まだ貴女の体は完全に直ってないから辛いなら休んで置きなさい」
“さしずめ新は核融合炉って位置付けになるわね”
有り得ない。
魔術回路と言えば魔術師が過去何代にも渡って作り上げた結晶に近いのに。
それに私くらいの魔術師にとっても。
「ほら、そんなに殺気を出さないで。分かるわよ貴女の気持ちも、新と言う存在が貴女達の立場を崩す存在になるんでしょう?」
「…けどそれは千夏さんも同じですよね、だったらどうして新を助けるの?」
眼前の人間を睨む。
それは敵対心からでは無く、同じ魔術師として彼女の行動が理解出来ないからだ。
「貴女が思う通り、確かに可笑しいわ。私だって魔術師の端くれ、新の異端な能力には怒りを覚えるわよ。だけどそれ以上に私は新を助けなく
ちゃならない。命令でも無く、自らの意志でね」
「…………」
目の前の魔術師は、そう断言した。
しばらくの沈黙の後、元の部屋に戻って休む事にした。
「貴女の眼、魔眼の種類はなんなの?」
自分でも予期していた質問をされた。
遅かれ早かれ聴かれる事だ、私だって明確な答えを用意している訳ではない。
「………分かりません。でも、よく先が見えたりするのですが」
「じゃあ“時”ね、だったら未来視に当たるじゃない」
「いえ、それがどうもおかしいんです。本来、時の魔眼となれば未来視に当たります。けれど私の魔眼は未来に触れる事が出来るのです」
ピクリと千夏さんの顔が曇った。
「……未来に触れられる?」
ふむ、と言わんばかりに頷き、辺りの本を漁り始めた。
「在った在った。魔眼…魔眼…魔眼っと」
吸い込まれそうに真っ青な本の塵を払って何やら神妙な面持ちでページを捲っていく。
「時の魔眼は能動と受動に分けられる…か。貴女の魔眼は能動ね、なる程……私も初めて能動の魔眼を見たわ」
しげしげと、さも珍しそうに私の目を見る千夏さん。
「至って普通ね、魔眼を発動していないからかしら。新の魔眼は気味悪いけどね」
などと意味深な発言をした。
「新にも……魔眼が??」
今まで聴いた事が無かった。
魔眼なんて物は遺伝か変異でしか手に入らない物。
それを手にすれば必然的に眼だけ魔法の領域に達する。
それを…あの新が。
「そうよ、あれは最早魔法と言うよりも奇蹟でしょうね。ただし、発動するには死に際にまで到らないと駄目なの」
千夏さんはまた辺りを漁って瓶を探し当て、器用にソレを爪で開けると一気にラッパ飲みした。
彼女は何度となくボトルを仰いで、中に充満している真紅の液体を喉に流していた。
「アイツはね、肉体的に不完全なんだ」
酔っているのか、声に穏やかさが混じっている。
「不完全……?」
「常に仮初めの生を背負いながら死んでいる。元より自らの力をコントロール出来てないのよ。パソコンの中身が暴走しているから外部からの電力をギリギリまでに抑える……新はそんな所よ」
“さしずめ新は核融合炉って位置付けになるわね”
“パソコンの中身が暴走しているから外部からの電力をギリギリまでに抑える”
どうして新をその様に扱う事が出来るのか。
妙な嫌気が私の脳にベッタリとへばり付く。
「………それはどういう意味ですか」
ギリギリと、今にも暴れそうな体を自分で必死に抑える。
「悪いわね、新の話は此処までにしましょう。貴女に暴れられたら困るのは私なのよ」
全身に張り詰めた緊張感を解くように促す様な一言。
今の私には素直に応じる事しか頭に思い付かないようだ。
「ところで、貴女はどうして新にやられに行ったのかしら? 私が知っている限り新を殺すつもりじゃ無かったそうね」
「はい…元より新を止めに行っただけですから。本当なら自宅で止めたかった、けど私には無理だった。だから変装して新が倒れるまで待ったんです。けれど……」
「新が倒れなかった、だから新と刃を交えたって訳? 言わして貰うけど貴女の行動は馬鹿で傲慢よ。それじゃあ新自身の身体に余計負担が掛かる。それに下手したら取り返しのつかない事に成りかね無かったのよ」
「だったらみすみす死にに行かせろって言うんですか!?」
ギシリと、ベッドが軽く跳ねる音が聴こえた。
シンと静まり返る部屋。
嫌な緊張感が部屋を漂い始めた。
「新は簡単には死なないわ、それ以前に私が問題だと思うのは貴女の身の事。言ったはずよ“真っ当な魔術師がアイツに近付くなんて自殺行為だ”ってね」
「あ……」
自分でも恥ずかしい位に赤面した。
そう言われればそうだ。
私は新ばかりを考えていて、自らが殺されそうに成った事を棚に上げていた。
「お分かり? 貴女だって気が付いたでしょう“あれは新では無い”って。それに刃を交えるに連れて自らの身体にキレが無くなる、相手が新だから殺す事も出来ない、圧倒的に貴女が不利よ。貴女が死ぬ覚悟で新を止めるなら解る、だけど貴女は誰一人傷付かずに事無きを得ようとした結果、貴女が新に殺されかける結果を導き出したのよ。戦いとは言え命の奪い合いの戦い。其処に慈悲とか迷いとかが多ければ多いほど不利に成るのよ」
「だけど………」
その通りだ。
弁解の余地は無い。
頭の中では事実無根の真実を叩き付けられた衝撃が只木霊する。
「貴女は何か大きな責任が自分に在ると感じているんでしょ。そうじゃなきゃ、あんな危険な賭事は出来ないわ」
千夏さんは私の隠した何かに気が付いている。
迷いの無い、羨ましくなるほど真っ直ぐな瞳で私の汚い理由を吐けと訴えてくる。
「……………」
「言いたくないなら良いわ。したい事をすれば良いし、言いたい事を言えば良いわ」
クルリと振り返り、壁を引っ張った。
キラキラと差し込む月明かり。
この時にようやく夜だと気が付いた。
澄んだ光は細い絹の様に床に幾筋にも織り込まれている。
其処を断絶している千夏さんもまた恐ろしく程に美しい物だった。
金色に光る髪、月に交わるような碧、全て私にとっては嫉妬する為に造り上げられた人形の様だった。
「空が泣き出す……山吹、帰るなら早々に帰った方が良いぞ」
その言葉を望んでいたのか、私は何の躊躇いも無く部屋を後にした。
出口を探す。
複雑そうな割に素晴らしく簡単な造りに感謝した。
家なのか、マンションなのか、全く外見からは予測出来ない。
ただ、外から見たら有り得ない程大きい事が分かった。
別に思い入れも無いので直ぐに帰路に着ける事にも感謝した。
地理感はあまり無いので迷子に成るかも知れないなぁと、かなり軽率な自分を馬鹿だと諂った。
夜道を歩く。
街灯は全て灯りを落としてしまった様だ。
仕方無く朧気な月明かりを頼りに歩く。
そう言えば、慣れない道を一人で歩くのは久しぶりだ。
いつもは頼りにならない人が隣に居る時だけ実はとても頼りになる人なんだなぁと感じていた。
空を仰ぐ。
雲が灰色に染まり、際限なく何処までも吸い込みそうに闇い空は酷くえげつない物に見えた。
意外に家からは遠くなかった。
いつもの学生道の脇道を縫うように入り込めば行き着く。
だけど普通に生活していたら一度たりとも足を踏み入れる事は無いだろう。
そんな街中の盲点にあの女は住んでいるのか。
魔術師なんてそんな物。
居て居ない空気の様な存在だから誰も気付かないし誰も気付けない。
例え馬鹿みたいにデカい屋敷だとしても。
自宅に着いたときは、とっくに日付なんて変わっていた。
しかし明日は学校も休み。
別に夜明かししても構うものか。
家の電気は既に消灯済みだった。
忍び足で玄関を抜ける。
二階に上がり自らの自室に入り込めば今日の出来事が全て吹き飛んだ。
一言で言えば、それ以上体が動かないのが事実。
「ああ……今日使いすぎたのか…」
体に力が入らず、ベッドに横になり眠る。
久しぶりに魔力を使った…いや吸い取られた分を引いても今日は全く魔力を感じない。
スッカラカンの魔積に魔力を注ぐためにも体を休ませなければ。
本当ならマナを利用すれば簡単だけど、今はそれを抽出出来るほどの集中力が残っていない。
それ以前に体が脳よりも休息を欲している。
お前が寝なくても私は勝手に寝ると。
まるで金縛りの様に体が脳の電気信号を無視する。
まあ良いや、いずれにしても朝に成れば大体は回復するだろう。
瞼が世界を切り離す。
己が夢に没頭する為に。
夜世界は其処で終わりを告げた。
「それで、今回はどうしてこうゆう結果になったのかしら?」
闇に栄える髪を持つ女は苛立ちを含ましながらポツリと呟いた。
真っ白な部屋なのに付ける電灯が暗いせいか、まるで外と一体化しそうな程に暗い。
その窓際の唯一あるデスクに我が物顔で座っている女は、目の前の男を不満そうに仰いでいた。
「分からん、オレが着いた時には一人は地面にめり込んでいるし、新は屋上で倒れとるし、楓ちゃんはベンチで気ぃ失ってるし…。楓ちゃんの
首に絞めた様な跡が在ったんやけど、魔痕が残ってるから多分新がやったんやろうな」
神妙な面持ちの男性は近くのグラスを仰いで紅い液体を喉に流し込んだ。
「新がねえ……。あの子は人を傷付けるタイプじゃないと思っていたんだけど」
「喧嘩にしたら大層な殴り合いやね」
「問題は其処じゃないわ、奴等が動き出したかどうかが心配なのよ」
深い溜め息混じりで女が空を仰いだ。
「珍しいな、千夏さんが弱気なるって」
「……あの楓って子、早めに新と切り離した方が良いわ」
「? 楓ちゃんが? いくらなんでもやりすぎちゃいますか?」
「やりすぎが程々なのよ。今回は助かったから良いものの、毎回助かるとは限らないでしょう」
「………新も可哀想やな。そうそう、死んだ女の子の履歴割り当てましたよ」
パサリと、一枚の紙を出す男。
それを受け取り目を通す女は手早く印を付けていく。
「風見 千鶴、本歳17才。生まれは判らんかったけど、最近まで姉さんと一緒に暮らしとったらしい。やけど、姉さんの方が二日前に変死体で見つかった。どうも自分で自分の腹と足を切りしたとか」
「ふぅん……にしてもおかしいわね。普通の人間なら半分にするのにノコギリで半日も掛かるのよ? それを女が一晩で出来ると思う?」
「うーん……無理やね」
「そう、無理よ。なら方法は別に在る訳よ」
ゴソゴソと辺りの本を漁る女はお目当ての品を見つけたのか、ニンマリと笑いながら本を開いた。
「全知の本やっけ? そんなんに載ってる?」
ペラペラと、器用に何重にも重なった辞書の様な本を捲る女。
「どれどれ………風見家の家柄では稀にな殺人者が生まれるそうね。それに、風見は昔から鬼刀鍛冶として有名な家系だから、鬼刀の一本や二本持っていてもおかしくないわ」
「なるほどね、だから自分の体切れたんか」
「そうね、代表的な鬼刀では肉を斬っても返り血を浴びない刀とか自らの命を削る替わりに鬼神に成る刀とか多種多様よ」
「ふーん……せや、彼女なんかに憑かれとったよ。ガキの時に死んだ姉妹かなんかやと思うんやけど」
「どうして分かったの?」
「純粋に殺戮を嗜好してた。多分、人殺す事の意味分かってないガキの仕業やと思うんやけど…どやろか?」
「……確かに彼女達には産まれる筈だった妹が居たわ、けど決定出来るわけじゃないわね」
「しかし普通の人間やったら憑くためには同等の霊感や構想を同調させなあかん。やけど、姉妹なら別や、産まれれんかった妹が姉さんに取り憑くなんて訳無いからな」
「だったら、今回は千鶴の方が行った犯行では無く取り憑いた妹の犯行だって言う訳?」
「セオリーに当てはまれば確実やと思う。でもおかしいのは、どうやって、誰が何の目的の為にやったんかが分からんねん」
「? どうゆう意味かしら? 第三者が介入しているって事?」
「恐らくは第三者が新を殺す為か……彼女を見つけ出す為か」
「奴らにはスェルディンが直結しているもの、有り得ないとは言えないわね」
「目測なんで外れる事を祈ってますけど、万が一、奴らが新達に接触した場合は?」
「さあ? 私も聞かされていないからね」
「…にしても新も警戒するかも知れんな、身近に被害者出てんから」
「そりゃあして貰わなければ困るわ。下手に動かれて死なれでもしたら、私達が教会に殺されるからね。 観測者として不手際の無いようにと手紙を送りつけて来たわ」
「流石は教会の犬やね、情報伝達が速いわ。 俺は浄火師としての仕事も在るのに掛け持ち出来るかなぁ…」
「泣き言言わないで、私達に課せられたヤマなのよ」
「そないに言うても浄火師のクラウントも居るねんから。もし遅らしたりしたら田舎婆さんから何てどやされる事か」
肩をすくめる男。
身の丈は一つ人より頭が出ている長身の体格とは裏腹に、腰に据えた紅い銃は単身のリボルバーを思わせる形をしている。
「貴方には優秀な部下が居るでしょ? 私の協力者は此処に来る前に全員殺されたんだから、まだマシよ貴方」
「あんまりアイツに仕事任せたくないねんな……めちゃくちゃしよるから」
カツンと向こう見ずで歩き始める男を止めもせず空を見上げている女。
「空が泣き始めたか………」
ポタポタと空の闇から落とされる小さな粒は、際限なく静まり返った街に一つの音色として夜の合唱を繰り返す。