
――――冷たい
目をあけたら、よくわからない所にいた
ぼくのカラダは浮かんでいて、周りは真っ暗でとても冷たかった
目の前には一つの白い線みたいな物があったけど、ぼくはコワくて見ていられなかった
それが温かくて、優しくて
真っ暗なんてコワくないって思った
目の前には、もう一つ線があった
真っ黒な線だけど真っ暗なのに、ちゃんと見えてた
それが冷たくて、悲しくて
真っ暗なんて絶対に嫌だって思った
きゅうに頭が痛くなってきて、ぼくのカラダは墜《お》ちていった
夏の始め
右手にある小さな小川のせせらぎが聞こえる
ぼくはアキト君が学校をサボって今日は探検に行こうと誘ったから一緒に通学路じゃない砂利道を歩いていた
「サッチンは親に言ってきたんか?」
ぼくの事をサッチンってあだ名を付けたのはアキト君だ
アキト君の声が、今はとても頼りになる声に聞こえた
「言ってないよ、だってぼくんちの人達冷たいんだもん」
そう冷たいんだ、みんなぼくを避けているみたいな感じがする
だから、こうやってアキト君といるときが楽しい
「ほうか、そないなら良かったわ」
アキト君の特徴的な関西弁がとても羨ましかったけど、ぼくんちの人達はあんな汚い言葉を使うなって、みんなしてぼくを叱った
「着いたでサッチン、此処が魔女が出るって噂の草原や」
アキト君は得意げニンマリ笑うと近くの岩によじ登った
「サッチン此処はな、一人の時に深刻な悩み事が在ったら魔女がその話を聞いてくれるねんて」
と、岩の上からぼくを見下しながら言った
「アキト君ー帰ろうよーもう五時半過ぎちゃうよ」
今にも泣きそうなぼくを察してくれたのか、空も一緒に泣いてくれそうだ
「アキト君?」
――――――――居ない
「アキト君ーーー何処ー?」
―――――置いて行かれた?
空を見上げた間に消えちゃった
すぐにでも泣きそうなぼくは不安で余計に胸が一杯になった目に熱い物がはちきれそうなくらいに溢れるけど、絶対に泣かない
男の子は簡単に泣いちゃ駄目って教えられたから我慢する
青々とした絨毯の中に一人きり
くもり空の隙間から差し込む夏の日差しは、ぼくの周りを明るく照らしてくれた風が動けないぼくを笑うように自由に走って行った
不安だけが時間と一緒に積もってきて、ぼくは今すぐ逃げだしたい
「ちょっと、君こんな所でなにしてるの?」
ビクッと体が反応した
一瞬不安が途絶えて恐怖が湧き上がってきた
おそるおそる振り返ると真っ赤な長い髪の背の高いお姉さんが立っていた
「ぼくなんにもしてません」
熱い物が遂に目を包んでしまった
だけど泣かない
「なんにもしてないって…あんたこんな辺鄙な場所に来てなんにもしてない訳無いでしょうが」
ジーパンにティーシャツ姿の女の人は怒っているのか眉を八の字にしている
「だったらお姉さんこそ何してるんですか?」
人見知りが酷いぼくなのに他人に、前から知り合いだったように普通に話せた
「別に特に意味は無いけど、たまに来たくなるのよね彼が居た此処に」
遠くまで続いている緑い(あおい) 絨毯を遠い目で見ながら言った
すぐに女の人は、座り込んでいるぼくに目線を移して、小さなぼくを見下しながら言った
「おまけにあんたと同じ場所で同じ年頃の子でね、なんかあんたで良いから話し相手になってくれる?」
女の人は、ぼくの隣に腰を下ろした
自分でも驚く位に色々な事を話した
ぼくの家の人は冷たいとか、魔女は本当に居るかとか学校は楽しいとか
話す事は沢山在った
イヤな時間なんて無かったみたいに夢中で話した
お姉さんは此処にいた“シキ”って男の子の話をしてくれた
真面目そうだけど、ひん曲がった性格の男の子なんだって
「あの木すごく悲しそうだね」
緑い草原の土手を降りたところにある小さな一本の木
きれいに根元から切られていた
だけど、その切り口はなんだか悲しくて
タスケテってぼくに向かって話してきた
「悲しそうって一体どんな風に?」
不思議そうにぼくを覗き込むお姉さん
「なんかね、せっかく生きていたのに、いきなり殺されちゃったみたいな」
切り口は真っ黒な液体をこぼしたみたいに淀んでいた
「そう、新(さら)には分かるのね。あれはシキが殺しちゃったの」
「どうして?」
――――ヒドくカナシイ
「分からない、だけどそれは絶対にイケない事なの」
「大丈夫だよ、死んじゃったなら生き返らせればいいよ」
お姉さんはとても悲しそうな顔をして、ぼくを見つめた
なんだか、ぼくも余計に悲しくなって
たまらなくなって土手を駆け下りた
「待ってて、すぐに元どおりにしてあげるから」
小さな木はぼくの力じゃギリギリ持ち上げれる重たさだけど、ぼくはどうしても直してあげたかった
切り口を合わせると切り口に白い線が現れた
そこを近くの枝でなぞった
生き生きと蘇った木
得意げに土手を駆け上ると土手の上に座っていたお姉さんの顔が青ざめていた
「新、あなた一体何したの?」
「元どおりにしてあげたの、だって死んじゃうのは悲しいから」
お姉さんは立ち上がって、ぼくの前に立つと、ぼくと同じ目線にまでしゃがんだ
「よく聞いて新、物には絶対に終わりが来るの、世界は不完全で無ければイケないの。だからね、あなたのその力は命を軽く見てしまう。死んだら生き返らせればいいって理論は夢物語、死者は絶対に生き返っちゃ駄目なの」
「どうして?だってみんな死ななきゃ幸せじゃないの?」
分からないけど、またぼくはとても悲しくなってしまった
お姉さんは首をゆっくり振った
「違うわ新、確かにみんな死にたくない。だけどみんな死ぬために生きるの、そして新しい子供が自分の意志を受け継いで生きていくの。だからね、みんな死ななきゃならないの。あなたの力は死を犯(ころ)しちゃう…、だからもう二度と死を犯(ころ)しちゃ駄目よ? 新は約束、守れる?」
ヒドくカナシかったけど、ぼくは頷いた
「そうこなくちゃ、新は男の子だもんね」
お姉さんの顔にもう一度笑顔が戻った
「だけど…ぼく約束守れる自信がないや」
「大丈夫よ、貴方は強い子だわ私が保証する」
「ホントに?」
強いって言われてぼくの声は思わず弾んだ
「ホントよ、だから死を受け入れる勇気を持って生きるのよ、それなら貴方は良い男に成れるわ」
「わかった、絶対にもう殺さないよ」
「新は良い子だね、いつかシキに会わせて上げるわ」
と言ってお姉さんはにっこり微笑んだ後に立ち上がった
「ごめんなさい新、そろそろ行かなくちゃ」
別れは突然に来たけど、ぼくは強いから悲しくなんてない
「うん、さよなら魔女のお姉さん」
ぼくは精一杯の明るい笑顔で見送ることにした
「その話はみんなに内緒よー」
小さくなっていくお姉さんを見送った
そう言えば、ぼくは一度もお礼も言ってなかった
岩の影からアキト君が、ひょっこり現れた
「サッチン大丈夫か?川に行こうって言ってたのに来ないから心配しとってんで?」
アキト君は半ベソをかいて立ち尽くしているぼくを、心配してくれていた
「ごめんなサッチン、怖かったやろ?」
アキト君の手が乱雑に、ぼくの頭をかきむしった
「ううん、何て事無かった。だって…」
ぼくは思わず口を閉じた
危うく約束を破るところだった
「そうか、魔女には会えたか?」
「ううん、魔女なんて居ないよ」
アキト君は不思議そうにぼくを見た
「行く前あんなに魔女魔女言うてたのに可笑しな奴やな」
それがぼくの夏休み前の出来事
あの後、何度となく草原に行ったけど、あの日以来お姉さんとは会えなかった
―――風のせせらぎ
変わったのは、ぼくだけ
―――空のせせらぎ
変わったのは、昨日を捨てたこと
既に空の色は綺麗な朱に染まっていた