救難機US−1A @
SHINMEIWA US−1A No.1

(写真上)厚木基地で撮影したUS−1A

川西の伝統を受け継いだ新明和の飛行艇開発技術力は今も健在

救難機US−1Aは長い飛行艇開発の実績を持つ新明和工業(かつての川西航空機)が開発した救難飛行艇である。
川西は戦前から戦中にかけて旧海軍の九七式大型飛行艇や二式大型飛行艇などの傑作飛行艇を製作したが、戦後もその優れた技術を継承した新明和 では大型飛行艇開発の構想を持っていた。ところで海上自衛隊では草創期より極東地域のソ連潜水艦に対する対潜作戦が最重要課題であり アメリカ製陸上対潜哨戒機の配備を行っていた。海自ではこれに加えより濃密な対潜作戦実施の為に吊り下げ式ソナーを装備した対潜飛行艇 を装備する事とし新明和に開発を指示した。
開発にあたってはグラマン社製の飛行艇UF−2を改造した実験飛行艇UF−XSを製作し多くのデータを取得した。昭和40年 に試作開始、PS−Xと名付けられた試作機は昭和42年に初飛行し昭和43年7月に海自が受領。 昭和45年には制式化されPS−1と命名された。
一方、PS−1をベースにした救難飛行艇も開発される事になり1号機は昭和49年10月6日、新明和甲南工場 にて初飛行、翌昭和50年3月11日に海自に引き渡されUS−1と命名された。

※US−1がPS−1と異なる点

@PS−1が海面への離着水しか出来なかったのに対してUS−1は海面への離着水の他、降着装置を装備し陸上飛行場への離着陸も可能 となった。
A燃料タンクを増設し航続距離を増大。
B対潜装備を撤去し替わりに捜索救難用装置SARを装備。
監視用バブル・ウインドウ
・救難キット(投下装置、担架6床、救命ロープ投下装置、船外機付きゴムボート、照明弾・マリンマーカー及び投下器)

などがあげられる。

US−1を装備した第71航空隊は昭和51年7月1日に編成され昭和56年には厚木分遣隊も編成され ている。

対潜機としての使命は終わったが救難機としての飛行艇は今後も運用が維持されると思われる

PS−1は対潜飛行艇として大きな期待を背負っていたがPS−1が装備していた吊り下げ式ソナーは旧式化が目立っていた。アメリカ海軍では 航空機から投下するソノブイの高性能化に一段と力を入れており海自でもP−3C導入が固まるなど対潜飛行艇の時代はもはや過去のものと なっていた。また、PS−1は機体面でも技術的トラブルが多く事故も目立っていた。結局、P−3C導入と相前後してPS−1の全廃が 決定された。
しかし、救難機としての飛行艇の存在価値は以前として評価されていた。PS−1で露呈された機体の技術的問題も改善が続けられていた。 PS−1全廃後もUS−1を装備する第71航空隊は維持されておりUS−1はエンジン出力を強化したマイナーチャンジ型のUS−1Aを 含めて平成17年度までに計20機が生産された(生産は既に終了している)。
現時点ではUS−1Aが71空に3機配備されているが後継機となるUS−2の量産も開始されている。四面を海に囲まれた海洋国家の宿命であるが 高度な海上救難能力の整備は至上課題である。特に日本近海は他に例を見ない気象・海象現象の厳しい海域であり優れた能力を持つ救難飛行艇は 日本ならではの航空機と言える。その意味からも海上自衛隊において救難機としての飛行艇はその地位を完全に固めたと評価出来そうである。

US−1系の7号機(9077)以降の機体はエンジンを出力向上型T64−IHI−10Jに換装したUS−1A

(写真左)US−1/1Aの機首は迎え角になっている。
機体は波消し構造となっており60度のフラップ、境界層制御装置の装備と相まって 非常に優れたSTOL性能を誇る。

※US−1/1A独自の降着装置

US−1/1AがPS−1と大きく異なる点の一つが陸上飛行場への離着陸の為に装備した降着装置の存在である。 PS−1には地上滑走用の補助輪が装備されていたが陸上飛行場への離着陸は出来なかった。この点でUS−1/1Aは運用上の効率が 大幅に向上したと言える。

製作
・機体 新明和工業
・発動機 石川島播磨重工
全幅 33.78m
全長 33.50m
全高 9.82m
運用重量 25.3t
総重量 45.0t
発動機 ターボプロップ4基(搭載発動機:T64−IHI−10J)
出力 3.494eshp×4
燃料搭載量 5.960gal
最大速度 265ノット
巡航速度 230ノット
航続距離 約5,000km
担架数 12
乗員 12名

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