
T−4は機体、エンジン共に国内開発された航空自衛隊の中等練習機である。
1950年代後半から80年代にかけて空自の中等練習機は米ロッキード社製のT−33A「シューテンングスター」が使用されていたが
T−33Aは既に旧式化しており老朽化も懸念されていた。
また初期の操縦訓練では初等練習機T−34A「メンター」による操縦訓練を終了した初級課程修了者はT−6「テキサン」による
操縦訓練を経てT−33Aによる訓練に移行するシステムであったが、T−6は何分にも大戦中の旧式機でありT−33A以上に
老朽化は深刻な状態であった。
このT−6を更新する目的で富士重工業を主契約者とする戦後初の国産ジェット練習機T−1A/Bが開発されたが、空自の中級操縦課程
はT−1A/B→T−33Aという2機種を使用した状態が長く続いた。
1970年代に入ると防衛庁ではT−33Aの後継となる国産の次期中等練習機(MT−X)の検討を開始し昭和56年(1981年)
9月に川崎重工を主契約者とする開発計画をスタートさせた。このMT−XはT−33AのみならずT−1A/Bの後継機としても
位置付けられ非常に広範囲に及ぶ訓練領域を担当出来る高度な飛行性能が要求された。
※空自操縦課程を効率化したT−4
T−4の試作第1号機XT−4は昭和60年(1985年)4月に初飛行に成功し、量産型1号機は昭和63年9月に空自
に納入された。T−4は試作機4機を含め212機が生産されたが、現在では高等練習機T−2も全て退役した為にかつてはT−1A/B、
T−33A、T−2の3機種が行っていた飛行訓練を1機種で担当している。

(写真左)T−4は胴体下と主翼両翼下の3ヶ所のハードポイントにパイロンを設置可能。
両翼下パイロンには各々1200gal入り増槽を1個搭載可能。
T−4は用途飛行や連絡など多種な任務をこなす多用途機としても活躍している。第一線の戦闘機部隊にも訓練支援などに従事する為に各飛行隊あたりに 2〜4機程度のT−4が配備されている。T−4は用途飛行、訓練支援、連絡など多種な任務に従事しているがF−86F、T−2に次ぐブルー・インパルスの 3代目の使用機でもある。
※ブルー・インパルス用にも採用され合計212機が生産された
ブルー・インパルス用の1号機は平成6年(1994年)に配備されている。T−4は試作機を含め212機が生産されたが既に調達は終了している。機体、エンジン共に 国産開発されたT−4は実用性の高い成功作であり戦後の国産機開発の中でも特筆される機体と言える。なお、諸外国の同種機は戦時には武装して軽攻撃機としての 運用を考慮した機体もあるがT−4には武装した任務は想定されていない。
製作
・機体 川崎重工
・エンジン 石川島播磨重工
全幅 9.8m
全長 13.02m
全高 4.83m
自重 3.8t
最大離陸重量 5.5t
エンジン ターボファン・エンジン×2(搭載エンジン:F3−IHI−30)
推力 1.670kg×2
最大速度 0.9マッハ
航続距離 1.300km
乗員 2名