偵察機RF−4E
McDonnell Douglas RF−4E

(写真上)横田基地で撮影したRF−4E(57−6914)

航空自衛隊で初めて使用された戦術偵察機はF−86Fを改造したRF−86Fであった。
あくまで応急的な改造機であったが空自にとって戦術偵察の礎を築いた機体であった。もちろん、能力的には搭載機材や機体性能など世界水準と大きな差があり 高性能偵察機の導入が切望されていたが昭和47年度には第一級の性能を誇る米空軍制式のRF−4CをベースにしたRF−4Eを導入する事になった。
偵察機を重視する米軍では主力戦闘機を偵察機のベース機体とする事に躊躇いはなくF−4も空軍、海兵隊ともに偵察機型の開発が行われた。 米空軍ではRF−4シリーズの偵察機はRF−4C(海兵隊はRF−4B)のみが採用されRF−4Eは配備されず輸出専用機となった。RF−4Eを 採用したのは空自の他には西独、トルコ、イランなどでいずれも戦闘機F−4の採用国である。空自がRF−4E を選定した理由は昭和44年度から調達が開始された戦闘機F−4EJと同系機である事の運用上のメリット(メンテナンス、要員の訓練等)の他、当時世界最高の 戦術偵察機としての期待からであった。

RF−4Eは14機が導入されたが昭和47年度予算で一括調達された。
機体は昭和49年から50年に引き渡され百里基地の第501飛行隊に配備された。F−4EJは三菱重工でライセンス生産が行われたがRF−4Eは調達機数が 少ない事もあり全機がマクドネル・ダグラス社からの輸入となった。F−4は当時の米軍主力戦闘機でありRF−4Eも機体性能に関しては文句の付けようが なかったであろう。偵察機材も最高水準であり慣性航法装置による自立航法も可能などRF−4EはRF−86Fとは次元が異なる偵察機であった。また、双発機である事は 単発機であるRF−86Fに比べて安全性の観点からも空自の要望に適うものであった(単発のF−86FやF−104J の事故率から空自では戦闘機は双発である事を重視するようになっていた)。RF−4Eは複座機であるが搭乗員2名で操縦、偵察の任務を分担出来るので 偵察機として好ましいアレンジだ。RF−4Eは非武装の偵察機であり各種の偵察機材を搭載しているがレーダーも戦闘機型であるF−4EJが装備している火器管制 レーダーAN/APQ−120に替えて前方監視レーダーAN/APQ−99を装備している。

RF−4Eの主要偵察機材等

前方監視レーダーAN/APQ−99(AN/APQ−172に換装)
側方偵察レーダーAN/APD−10
前方偵察カメラKS−87B
低高度パノラミックカメラKA−56E
高高度パノラミックカメラKA−91B
赤外線探知装置AN/AAS−18A

(写真左)(57−6909)
RF−4Eは非武装、バルカン砲も装備されず機首形状はF−4EJと大きく異なる。機首部には偵察カメラ窓が6ヶ所設置されている。

(写真左)(57−6912)
横田基地で撮影

(写真左)(47−6903)
築城基地で撮影

(写真左)百里基地で撮影した(47−6903)
シャークティースが描かれている。

RF−4Eは能力向上が行われており前方監視レーダーはAN/APQ−172に換装されている。空自では偵察機戦力の増強を図る為に余剰になったF−4EJ を15機、偵察機RF−4EJに改造したが偵察機材は異なり武装も残すなどRF−4Eとは運用特性が異なる機体となっている。 RF−4Eは長きに渡り第一線にあったが事故消耗が2機あり、現役に残る機体も老朽化が著しく全機用廃になるのも時間の問題と思われる。

製作:マクドネル・ダグラス(輸入)
全幅11.71m
全長18.60m
全高5.01m
最大離陸重量25.900s
エンジン:アフターバーナー付きターボジェット×2(搭載エンジン:J79−GE−17A)
最大速度2.2マッハ
乗員2名

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