
(写真上)厚木基地を離陸するP−3C
P−3「オライオン」はP2V「ネプチューン」の後継としてロッキード製の民間型旅客機L−188「エレクトラ」をベースに
開発されたアメリカ海軍の4発ターボプロップ対潜哨戒機である。原型となった「エレクトラ」はジェット機時代にあって旅客機と
しては苦渋を飲んだが長大な航続距離、十分な機内容積、安定した低速性能など哨戒機の母体として理想的な能力を有していた。
旅客機として開発されながら軍用機として大成した稀な機体でもある。
ところで、創立時から対潜水艦作戦能力の充実を最優先課題にしていた海上自衛隊では昭和30年代初めから当時世界最新であった
P2V−7を導入、昭和40年代に入るとP2V−7を改良した国内開発機P−2Jを配備するなどアメリカ海軍に次ぐ世界水準の
対潜航空部隊を整備してきた。
防衛庁は更なる対潜能力向上の為にP−2Jに続く次期対潜哨戒機PX−Lを4次防(昭和47年度〜51年度)において国内開発する
方針であったが政治的思慮によって白紙化され外国機導入を含む再選定が行われる事になった(田中政権によるPX−L白紙化は
ロッキード事件との関連を指摘する意見も強いが当時の国産技術では次期対潜哨戒機の開発に不安があったことも事実のようである)。
PX−Lの候補として挙がったのは次の機種である。
ロッキードP−3C
ニムロッドMk2
アトランチックMkUB
CP140オーロラ
国内開発機
複数の候補機があったものの総合的な性能やアメリカからの外交的圧力により早い段階でP−3Cに事実上内定していたことは疑いの 余地がない。昭和52年12月の国防会議において空自の戦闘機F−15Jと共に正式に採用が決定される。海自の 計画では10個陸上固定翼機航空隊分として所要80〜90機程度のP−3Cが必要としていたが52年12月の国防会議では当面、 45機の調達を行うことも決められた。なお、余談であるが今日では”哨戒機”と呼称するがP−3C導入期には”対潜哨戒機”と 呼ばれていた。
(写真左)百里基地で撮影したP−3C
日本はアメリカに次ぐ世界2位のP−3運用国でもある。
P−3CはP−3系列ではP−3A、P−3A DELTIC、P−3B、P−3A/B DIFAR、P−3A/B SUPER
に次ぐ生産機である。
P−3Cの最大の特徴はA−newと呼ばれるウェポン・システムを搭載した点にある。これはユニバックAN/ASQ−114
デジタル・コンピューターとデータ・プロセッサーAN/AYA−8を中核にした対潜作戦用統合指揮装置で往来型に比べ索敵・情報
処理能力は飛躍的に向上した。P−3C自体も数度に渡りマイナー・チェンジを受け性能を向上させている。最初の性能向上型
であるUpdateTはAN/ASQ−114の能力向上を中心に改良されたものである。2番目の性能向上型であるUpdateUは
対艦ミサイルAGM−84「ハープーン」の運用能力を持たせたものであり対潜作戦に加えて対水上打撃力の強化が図られた。
海自が導入したP−3CはUpdateU(厳密には航法・通信関係を改良したUpdateU.5)であった。昭和53年度で予算化
された8機のうち3機はロッキード社からの輸入、残る5機はノックダウン組み立てとなり54年度予算以降(9号機以降)は川崎重工
でライセンス生産が行われた。同時期にライセンス生産が行われたF−15JよりもP−3Cの方が国産化率が高かったが、これは
当初は国内開発が予定されながら白紙撤回された次期対潜哨戒機の開発準備を進めていた川崎重工など国内メーカーに対する配慮だと
考えられる。
P−2Jが搭載していたソノブイ音響分析はパシップ式のジュリー、ジョゼベルとアクティブ式のビンガーであったがP−3Cでは
これらに替えて指向性水側装置AN/AQA−7 DIFARを装備している。海自でのP−3C調達は長期に及んだ為に70号機以降
の導入機はアメリカ海軍のUpdateVに相当する機体となった。航法・通信関係の能力向上が図られたほか、レーダーに捉えた
目標を画像化出来る合成開口レーダーAN/APS−137 ISARを搭載した。
(写真左)機首レドームにはAN/APS−115レーダーを装備
機首下部には赤外線探知能力を持つAN/AAS−36 FLIRを格納している。
(写真左)発動機は米国アリソン社が開発し石川島播磨重工でライセンス生産されたターボプロップのT56−IHI−14
写真の機体は99号機であるが89号機以降は前部胴体上面に衛星通信用アンテナドームを装着している。
(写真左)P−3Cのソノブイ投射口
計52基が装備されているが51基は自動投射式、1基のみ手動投射式となっている。
(写真左)後部レドームと磁気探知機MAD用ブーム
海上自衛隊でのP−3Cの総導入数は101機であった。米ソ冷戦期に配備が急がれた海自のP−3Cは冷戦終結後もロシアや中国の潜水艦の情報収集など 幅広い任務に従事しており21世紀の今日でも海自の最重要戦力の一環を占めている。冷戦終了に伴う防衛計画の見直しで約20機はモスボール状態とされ実働機数は 80機程度となっている。余剰となった機体から5機が画像データ収集機OP−3Cに改造された。また、電子戦データ収集機EP−3 が5機、評価試験機UP−3Cが1機、電子戦訓練機UP−3Dが3機それぞれ新造された。
製作
機体:川崎重工(ライセンス生産)
発動機:石川島播磨重工(ライセンス生産)
全備重量56.0t
全幅30.4m
全長35.6m
全高10.3m
発動機:ターボプロップ×4(搭載発動機:T56−IHI−14)
出力:4.910shp×4
速力395ノット
兵装
・短魚雷4本
・対艦ミサイル「ハープーン」4発
乗員11名
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