
※F−4EJの能力向上計画
F−4EJは優れた機体であったが70年代後半には新世代戦闘機の登場により旧式化が目立ってきた。
空自でも80年代に入るとF−15の導入や対艦ミサイル搭載能力を持った国産支援戦闘機F−1の配備が進められたがF−4EJ
の能力向上も図られる事になった。これは航空機構造安全管理計画ASIPによるもので機体の寿命延長と搭載機器の近代化がメイン
であった。昭和57年度予算で改造試作予算が認められ59年7月には試作機が初飛行、62年度から量産改造が開始された。
この能力向上型はF−4EJ改と呼ばれる事になった。
・ASIPによる機体寿命の延長
ASIPは個別の機体毎の疲労度などのデータをコンピュータ管理するもので約3.000時間と言われるF−4の機体寿命を2.000
時間延長し計5.000時間までになった。これにより70年代生まれのF−4EJは21世紀まで活躍できる事になった。短命に
終わった国産のF−1とは対照的な結果とも言える。F−4は米英軍では退役したものの空自をはじめ韓国、ドイツ、イスラエルなど
8ヶ国では依然として現役であり長寿な軍用機である。
・電子戦装置・コンピュータ等の近代化
F−4EJの改修は機体寿命の延長と共に搭載機器の近代化による戦闘能力の向上が大きな鍵であった。空対空だけでなく導入時に
他国に脅威を与えるとして撤去された対地攻撃能力についても強化が図られた。また、新たに対艦ミサイル搭載能力も付与された。
・火器管制レーダーをF−16用AN/APG−66に換装、F−15用セントラル・コンピューターの搭載
1976年に起きた旧ソ連軍のMiG−25による函館空港亡命事件は日本の防空体制に大きな警鐘を鳴らす事になったが、
この時スクランブル発進したF−4EJの火器管制レーダーAN/APQ−120は低空から侵入したMiG−25を補足する事が
出来ずルックダウン能力が低い事が大きな問題としてクローズアップされた。この点を改良する為に火器管制レーダーをF−16用に
開発されたルックダウン能力に優れたAN/APG−66に換装された。これはパルス・ドップラー・レーダーで地形の影響を
受けずに目標の表示が可能。コクピット内の表示機能は往来の光学照準装置からアルファジェット用のヘッド・アップ・ディスプレイ
HUDに変更、攻撃目標に加え自機情報も表示されるようになり情報処理能力は格段に向上した。
AN/APG−66は軽量小型なのも特徴でウエスチングハウス社製。
また、新型空対空ミサイル「スパロー」7Fを運用する為にF−15用のセントラル・コンピューターを搭載した。これにより
国産対艦ミサイルASM−1の運用も可能となった。また、セントラル・コンピューターを搭載した事で慣性航法装置INSの搭載が
可能となった。機材としてA−10用のリットン社製LN−39が選定された。これによりコンピューターによる弾道計算が行える
ようになり対地攻撃能力が大幅に強化された。
・搭載兵装の強化
電子戦機材等の近代化で搭載される兵装も大幅に強化された。
F−4EJは空対空兵装として「スパロー」7E、赤外線誘導ミサイル「ファルコン」を搭載していたがF−4EJ改は新型の
「スパロー」7Fと「サイドワインダー」9Lを搭載。また、対艦ミサイルASM−1を搭載して対艦攻撃も可能となった
(ASM−2も搭載可能と見られる)。爆弾は誘導/通常爆弾を8〜12発程度搭載可能(標準状態)。
F−4EJ改は90機が改造された。また、未改造機のうち15機が偵察機RF−4EJとなった。
(写真左)F−4EJ/EJ改は前・後席ともに操縦装置が付いているが原則として後席で操縦する事はない。後席は
前面を計器類が占めており視界が悪そうだ。ただし後席搭乗員はパイロット資格を有するものが搭乗する。
(写真左)機種には固定武装である20mm機関砲M61A1が装備されている。
米軍で使用されたF−4初期型には機関砲が固定装備されておらずベトナム航空戦でF−4が苦戦する大きな要因となった。
F−4Eはその戦訓から20mm機関砲を装備する事になった。
(写真左)F−4EJ改と原型であるEJとの最大の外観上の相違点は垂直尾翼上端に装着されたレーダー警戒装置のアンテナ
の有無にある。