戦闘機F−4EJ
McDonnell Douglas/MITSUBISHI F−4EJ

飛行開発実験団所属のF−4EJ(17-8301)
航空自衛隊が導入したF−4初号機

20世紀後半を代表する傑作戦闘機F−4E

F−4はマクドネル社が開発したアメリカ海軍向けの艦載戦闘攻撃機であったが空軍でもその優秀な性能が認められ多数が装備され, その他多くの西側親米国でも採用された20世紀後半を代表する傑作軍用機である。 ところで航空自衛隊ではF−86F、次いでF−104Jと要撃能力の高い戦闘機の配備を進めてきたが1970年代以降の新しい脅威 に対抗する為に第4次防衛力整備計画(昭和47年度から昭和51年度までの5ヶ年間)において次期戦闘機F−Xの導入が計画された。 空自におけるF−X導入計画は昭和34年にF−104Jが選定されたものに次いで2回目であった(F−86Fはアメリカによる 相互防衛援助計画MDAPによる供与でF−Xによる選定ではない)。この第2次F−Xは4次防での整備であったがこれに間に 合わせる為に3次防期間中の昭和44年度からの調達が必要であり43年度中の選定が迫られた。第1次選定で9機種が候補にあがった が昭和43年5月の第2次選定で以下の3機種に絞られた。

・マクドネル・ダグラスF−4E
・ロッキードCL−1010
・ダッソー・ミラージュF−1

同年11月にはF−XとしてF−4Eが正式に選定される。
CL−1010には実機が存在しない事、ミラージュF−1はヨーロッパ製の機体である事などからもF−4Eが有利であったが アメリカ海・空軍で使用されており卓越した能力を持つF−4に当初から事実上内定していたのは疑いの余地がない。本来、海軍向け に開発されたF−4は空自には不向き、との批判もあるがこれは的を得ていないだろう。空自F−4のベース機体であるF−4Eは アメリカ空軍仕様であり空戦性能は同時期の他の米空軍戦闘機を上回っていた。第2次F−XでF−4Eを選定した事は今日から見ても正し 決断であったと評価すべきだ。

(写真右)
飛行開発実験団のF−4EJ(47-8327)
原型機はF−4EJ改で垂直尾翼に設置されたレーダー警戒装置用の球状アンテナが無く両者の外観上の最大の差異となっている。

F−4Eの高い能力と政治的介入

F−4Eはレーダー誘導空対空ミサイル「スパロー」を搭載し制空任務に従事する他、対地攻撃能力も強力、空中給油装置を備え 長大な航続距離を有するなどそれまでの空自戦闘機とは次元が異なる高い戦闘能力を持つ機体であった。F−4導入に関してこれが 大きな政治的問題となった。旧日本社会党議員が国会で「F−4から爆撃コンピューターと空中給油装置を撤去せよ」と主張し時の 防衛庁長官がこれに応じたのである。軍事的に見れば全くのナンセンスであった。対地攻撃能力は日本本土に侵攻する敵部隊を攻撃する 専守防衛の構想から外れるものではなく空中給油装置も戦闘機を空中で待機させる空中警戒待機CAPに是非とも必要であった。 これらの装置の撤去を主張した社会党議員も愚論なら応じた防衛庁長官も愚策であったとしか言えない。このF−4導入に関しての 軍事素人による一連の動きは日本の防衛上の汚点として歴史に残る事になる(旧ソ連や中国、北朝鮮は喜ぶと言うより呆れていたと思う。 因みに撤去を主張した社会党議員はF−15導入時にも同じ事を主張したが、この時は良識が勝ちF−15は爆撃コンピューターと 空中給油装置を装備した状態で導入出来た)。 空自が導入したF−4Eから撤去された主要装備は次の通り

・核兵器管制装置DUC−9A
・空対地ミサイル「ブルパップ」誘導管制装置AN/ARW−77
・兵器投下コンピューターAN/ASQ−91
・爆撃システムAN/AJB−7
・空中給油装置

一方、日本独自の電子戦・通信関係の装置が搭載された。

・レーダー警戒装置J/APR−2
・BADGE通信システムAN/ARR−670

J/APR−2はアメリカ製レーダー警戒装置の入手が不可能な為に国産開発されたもの、AN/ARR−670は日本防空の要として 導入されたBADGEシステム(昭和44年3月26日から運用開始)と連結させるデータ・リンク装置である。 前記した通り空自のF−4のベースになったのは米空軍型のF−4Eであったが空自F−4は上記の理由により制空任務に特化した 機体になった。日本独自の改良を施した空自機はF−4EJと呼ばれる事になった。F−4EJの当初導入計画は104機であったが 沖縄配備用として24機、次期戦闘機導入の遅延を埋める為に12機が追加され最終導入数は140機となった。内訳は輸入2機、 ノックダウン8機、三菱重工でのライセンス生産が130機であった。なお、F−4のライセンス生産は日本のみで行われた。 マクドネル・ダグラス社で製作された1号機は昭和46年1月14日に初飛行に成功、翌47年8月1日には百里基地において 臨時第301飛行隊が編成され日本のファントム時代が到来した。
F−4EJはピーク時には6個飛行隊となり空自戦闘機隊の主力として活躍してきたがF−15の導入により数を減らしており 現在は能力向上型であるF−4EJ改で編成された2個飛行隊が残るのみとなっている。改修を受けていないF−4EJで現役なのは 飛行開発実験団に所属する数機のみである。

製作
・マクドネル・ダグラス社(輸入機)
・三菱重工(ライセンス生産機)
全幅 11.77m
全長 19.20m
全高 5.02m
全備重量約 25.9t
最大離陸重量 28.03t
エンジン アフターバーナー付きターボ・ジェット×2(搭載エンジン:GE製J79−GE−17A/石播製J79−IHI−17)
推力
・ドライ時 52.53kN
・アフターバーナー使用時 79.62kN
最大速度 2.2マッハ
兵装
・20mm機関砲M−61×1
・空対空ミサイル「スパロー」7E×4
・空対空ミサイル「ファルコン」×4
乗員2名

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タミヤ1/32航空自衛隊F-4EJファントムII 【プラモデル】60314

タミヤ1/32航空自衛隊F-4EJファントムII 【プラモデル】60314