進化と言う名の神様


 10年以上前に考えたもので多少データが古いかもしれませんが、そのへんはご勘弁を。理論物理学自体あまり変化していない様なので大丈夫かと思います。いまだに「力」は統一されておらず、ゲージ粒子と呼ばれるもののやりとりによって伝達されているとされています。万物に働く重力(万有引力)もゲージ粒子によって伝えられるとされている。ではゲージ粒子に働く重力は何が伝えるのか?、ゲージ粒子は質量がゼロだから重力は働かないらしい。質量がゼロ(限りなくゼロに近いのではなく、全くゼロ)のものの存在をあなたは信じますか?私は信じません。変な仮説や理論が多い世界ですが、このサイトでは出来るだけそういうのを排除して、分かりやすく進めたいと思います。 

●新次元論

 まず最初は次元の考え方から、新しくして行きたいと思います。次元とはいったい何でしょうか。

次元は、空間の広がりをあらわす一つの指標である。座標が導入された空間ではその自由度を変数の組のサイズとして表現することができることから、要素の数・自由度として捉えることができ、数学において要素の配列の長さを指して次元ということもある。自然科学においては、物理量の自由度として考えられる要素の度合いを言い、物理的単位の種類を記述するのに用いられる。
転じて次元は世界の構造を意味することがある。」とあります。

 ちょっと分かりづらいですが、物事を規定するために必要な要素の数で、主に空間の指標として使われ、転じてこの世界の成り立ちを決める要素の数を表す、といったとこでしょうか。物理学に限ってみると、昔は空間を表す量として使われていて、空間は3次元であるから、この世界は3次元の世界であると。1次元世界は直線上の世界、2次元世界は平面上の世界(鏡の世界)、3次元世界は空間上の世界(現世界)であると。そして4次元世界というのは、過去や未来に自由に行けて、時間や空間がごちゃ混ぜになった夢のような世界である、そういった認識でした。現在の考え方はどうでしょうか。我々の住むこの3次元世界が過去から未来へ1次元的に連なった時空連続体であるとするのが一般的な認識ではないでしょうか。

****参考までにWikipedia百科辞典での時空の考え方はこちら***

 私たちの住む世界は共時的には3つの向きへの広がりをもった実3次元的な空間だととらえられる。また、時間は一方向的な実1次元的物理量だと考えられ、ニュートン力学では空間と時間は相互に独立な物理概念として取り扱われる。一方、相対性理論では光速を通じ時間の尺度と空間の尺度とは結びつけられ、符号(3, 1)の計量が入った実4次元の空間(ミンコフスキー空間)において現象が記述される。ただし、ミンコフスキー空間においても依然として時間軸は他の3つの空間軸とは性質の異なるものとしてとらえられることに注意しなければならない。

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 さて、ここで問題なのは時間が1次元であるということ。時空と言うように言葉上対等と見なしているのに、空間は3次元で時間は1次元であると誰もが納得していることです。普通に考えると空間が3次元であるなら、時間も3次元であるはずです。もともと3と言う数字は物理学の基本となる数字です。平面をなす多角形は3角形の集まりだし、立体をなす多面体は3角錐の集まりです、基本となる物理式は1つの量が他の2つの量との関係式で表されます。3はもっとも安定した数字です。時間が1次元であるとすると、Wikipedia百科辞典内にもあるように他の次元とは異なることになります。たとえば空間の縦次元と横次元を合わせると平面になります、これは横次元と高さ次元を合わせても同じです、空間の3つの次元は等価です。しかし、縦次元に時間次元を合わせても平面にはならず直線世界になります、縦次元と横次元を合わせた平面に、高さ次元を加えると空間になりますが、時間次元を加えると平面世界になります。つまり、空間を規定する1つの次元と時間の次元は異なるのです。

 ではどう考えればいいのでしょうか。本理論では次のように定義します。

 (スペース)の広がりを空間とし、実1次元的な空間次元を定義する。またこの次元を分かりやすく把握するために内部次元と言う形で(縦・横・高さ)3次元を仮の次元として規定する。

 の広がりを時間とし、実1次元的な時間次元を定義する。この内部次元として(過去・現在・未来)3次元を規定する。

さて、空の広がりを表す空間、時の広がりを表す時間、この2つの次元で終わってはどうも安定しません。3つ無いと安定しないのです。そこでもう1つ新たな次元を設けます。

 の広がりを力間とし、実1次元的な力間次元を定義する。この内部次元として(重力・強い力・電磁気力(弱い力))3次元を規定する。*但しこの内部次元については現在も検討中です。決めかねている面もあり、また後述の進化のところにも関係するので後ほど考えたいと思います。

この時空力の3次元によりこの宇宙は成り立っているとします。我々のこの世界はこの3次元によって決まる1点に位置します。

光の絶対性と縦波化

 この宇宙で唯一絶対的なものを光とします。これ以外の何も特別なものは存在しません。すべての物質は光でできています。光=エネルギーと考えたほうが分かりやすいかもしれません、光を凝縮して固まりにしたものが物質と思ってください。ですので、物質は逆に光(エネルギー)に返ります。TVや映画でみるサーモグラフィーの映像をイメージしてください。それに例えると、あの温度が高く赤が濃くなっている部分が光の密度が高く物質化していて、暗い部分が光が薄く真空に近い部分となります。

 また上記3次元の変化も光が伝えます。この3次元は光の3原色に対応していると思いますが、定かではありません。この3次元は等価でなければなりません。空間のへだたりは時間のへだたりと同じです、1光年離れた空間は1年先の未来の時間と同じとします。また、2つの物質がある空間をへだてて存在する場合、この空間に相当する力間が働いているとします。この2つが離れて存在するに値する力が働いているからこそ、そこに空間が存在するということです。

 光の速度は無限大とします。実際、秒速30万キロという有限な数字が出ているではないかとおっしゃられるでしょうが、それは相対的な見せかけの速度と思ってください。例えば、1光年先の距離から発した光が1年かけて届いた時、1光年の空間の隔たりは1年未来の世界ですから、1年未来の世界から1年かけて届くとき、かかった時間はゼロとなります。したがって光速度は無限大になります。絶対的とする光が有限な速度をもっているとおかしなことになります、無限大だからこそ、上記3次元は同時に変化し同時に伝わることができるのです。

 光は自ら媒体を作り出しながら進んでいく縦波(疎密波)であるとします。現在光は横波とされていますが、それでは量子的な意味合いがつかめません。縦波でないとされる理由は、通常の縦波は媒体を必要とするため、真空中も伝わる光は横波であると、また縦横重ねたスリットによって光は遮られる、これは横波の性質であるとされるからです。しかし、光が自ら媒体(空間と考えるのが分かり易いかも)を作り出しながら、疎と密を繰り返し尺取虫のように進んでいくものであるなら無の空間でも伝わることが出来るし、密な部分は他の密な部分と干渉し合い横波のような性質を見せると考えると縦波でないとする理由はなくなります。光が縦波(疎密波)であるとすれば、その密な部分が粒子としての性質を現し、波であり粒子であるという量子になりうるのです。この密な部分は小さくても点ではなく部分であり常に移動しているため、その存在は確率によってしか表せない量子力学の世界にきするのです。

 疎密波である光の1周期をこのサイトではF(フラッシュ)と呼ぶことにします。この宇宙の時間の最小単位と考えてください。カメラのフラッシュをイメージしてもらえばいいです。カメラのフラッシュを焚いて画像を切り取り、つなげて動かしていくように、光が1フラッシュするごとに、この世界は更新され、記録されて進んでいくのです。

●運動至上主義と時間情報論

 この世界に未来は存在しません。現在の積み重ね、つまりは光の1フラッシュとその間の運動の積み重ねがこの世界を形作ります。時間次元のところで未来という言葉を使っていますが、これは、皆さんが思っておられる「未来」ではなく、まだ伝わっていないもの、へだたりがある、伝わるまで時間がかかると言う意味での未来です。すべての物質は運動しようとし、変化しようとします。この運動こそが全てであると言えるのです。これを運動至上主義と呼ぶことにします。すべての物質はこの運動をするために存在し、積み重ねることを目的としています。

 ここで、もう少し運動について詳しく見ていきましょう。ここに一枚の写真があります。これはある一瞬を切り取ったものです。皆さんもイメージしてみて下さい。机の上に丸いボールがのっています、このボールを人差し指が水平に真横から押しています。イメージできましたでしょうか、では次の瞬間このボールはどう動くでしょうか(写真だから止まったままというような答えではなく、この写真が写す次の瞬間ではどうか)? 「ボールは机の上を押された方向に真横に転がる」と思いますか、どうでしょう、残念ながらこれだけでは答えは分かりません。写真からして運動する場()があるのはわかります、横から押すのだから変化させるがあるのもわかります、ただ時間が不十分なのです。では1フラッシュ分過去に戻ってみましょう。このボールが机の上に置いてあるのであれば横に転がります。ただそうとは限らないのです。真上から落ちてきていて、ちょうど机の面に接っしようとしていたなら、ボールは斜め上方に跳ねるでしょうし、奥から手前にころがっている最中であるなら、斜め手前にころがるでしょう、いやそれさえも本当は不十分で不確定なのです。たとえば、このボールが1トンの重さがあって硬ければ指のほうが曲がるでしょう。つまりは運動するには空(スペース)と力だけではなく、情報が必要なのです。今までわかり易いように時間という言葉を使ってきましたが、実は時間とは情報にほかならないのです。ボールは、これまでどういう運動をしてきたかという過去の情報と、自分がどれだけの重さでどんな材質でどういう力を受けているかというような現在の情報と、転がる先はどういう所か(密度はどうか、風はどうか、机の面はどうか等)というような未来の情報が無ければ運動はできないのです。時間の次元は情報の次元なのです。

光のドップラー効果

 光は波であるからドップラー効果を起こします。遠ざかる光源からの光は赤っぽく見え(赤方偏移)、近付く光源からの光は青っぽく見える(青方偏移)。これは波長だけではなく、光が伝える各次元も同様にドップラー効果を起こします。わかり易いように空間と力間を固定して、時間の次元で見ていくと、光源が遠ざかる場合、光の1フラッシュの間隔はその速度分長くなるので、光源の時間はゆっくり進んでいるように見える。近づく場合は逆に1フラッシュの間隔は短くなるので光源の時間は早く進んでいるように見える。しかし、たとえ遠ざかる光源の時間がゆっくり進んでるいるように、観測地点の我々が捉えても、遠ざかる光源はその分空間の隔たりを、より多く持つ(より未来へ移動する)ため、実際は時間的な差異は生じないのである。光速度に近づくほど時間は延びるが縮むようなことの無い相対性理論では双子のパラドックスのようなおかしな状況をつくりだすのです。宇宙船に乗って、双子の兄弟の兄だけ宇宙旅行をして戻ってきても、兄だけ若いままのはずはなく、2人とも同じように年をとる、あたりまえのことです。この時間の見せかけの遅れは相対性理論などではなく、ドップラー効果によるものなのです。したがって、近づいてきて通り過ぎていく救急車のサイレンの音がいかに違って聞こえようとも、救急車が出している音自体は何ら変わりはしないように、時間も何ら変化することは無いと言えます。

確立存在と量子力学

 この宇宙を形作る光は疎密波です。1個の光の1フラッシュ分を考えると、ある位置で疎から密まで、0〜100%まで光の濃さが瞬時に変化します。この濃い(密)ときに粒子として振舞うのであるなら、その存在の確定は確立で表すしか無いと言えます。これは量子力学の考え方に近いと言えます。ただ違うのは、量子力学では(存在する状態と、存在しない状態)がある確立で混在して、観測したときにどちらかに決まるとするところです。ミクロの運動を物理式として記述するためには、こう考えて近似する以外、方法がありません、仕方が無いと思います。ですが、この理論では混在は認めません、認めると「シュレディンガーの猫」のようなパラドックスを招きます。連続して変化する一部として捉えます。そして1フラッシュ時、時間(情報)として記録される時に、その濃さが粒子として役割を果たすに足りるのであれば存在するとします。

進化と力の次元

 先ほど運動至上主義を唱えました。全ての物質は運動しようとすると。ではどこに向かって、いや何を目指して動こうとするのでしょうか。この世界は光によってできています。光はいったい何をしようとしているのでしょうか。私にはこの宇宙は光によってできた1つの生き物のように思えます。そして、光の1フラッシュはまるで心臓の鼓動のようにドックンドックンと脈打ちながら、宇宙の中心から果てに向かって、世界を更新・記録しながら絶え間なく繰り返します。まあこんな壮大な例えをしなくても、全ての物質は生きていると言えます。生き物であるなら、目的は1つです、それは進化することです。そしてこれをつかさどるのが力の次元です。

 進化するとは具体的にどういうことでしょう。まず1つは大きくなることです、かつて恐竜がそうであったように、物質を集めて自分を大きくしようとします。力で言うなら万有引力にあたります。物質同士、引き合い塊になって大きくなろうとします。2つ目は、活動の場(縄張り)を広げようとします、国取りで、陣地を広げていくように、力でいうなら、遠心力にあたります。自分の周りの陣地を囲い込みます。3つ目は子孫を増やし、自分を受け継いでいこうとします。力で言うと慣性力にあたります。状態を受け継ぎ、変化することにより新たな力を生みます。そこで力間の内部次元を進化の見地から、万有引力・遠心力・慣性力の3次元に変更します。

 以前、この宇宙に特別なものは光だけだと言いました。あえてもう一つ加えるなら、それは進化するという意志です。そしてそれは光が生まれながら持っているものであると思います。

これでおおむねこの理論は終わりです。最後までお付き合い有難うございます。そして最後にまとめとして一言・・・・・・・

「この宇宙は進化する光である」                2007.06.20 沢井 宏

 

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