熊野神社
熊野神社は別名うを硫黄大権現宮とよばれ、安徳帝晩年の皇居跡とも伝えられています。
安元3年、(1177年)鹿ケ谷事件で硫黄島に流された、
成経、安頼、俊寛のうち、成経、安頼が早く許されて都の戻れるようにと
紀州熊野三所権現を模して祭ったのがここの最初といわれています。
元暦2年(1185)になって、壇ノ浦の戦から逃れて島にきた安徳天皇の住居となり
名前も「来眞三種権現」と改められました。内陣には三種の神器が祭られました。

桂庵和尚の書いた陳札によれば明応8年(1499年)に島津忠昌によって修復されたとあります。
さらに慶長3年(1598年)には安徳帝の末裔、長濱吉延が
朝鮮出兵の折、島津義弘の危機を救った礼として、
以後、島津氏の崇敬を受るようになり、奉納品も多かったそうです。
その後の修繕費も島津氏から出されて文政10年(1839年)まで5回の修繕が行われました。
現在の建物は1987年に改築されたものです。

戻る