「何度来たって無駄よ。お引取り願うわ。これから、来る予定なのに」
「クフフフ」


 彼に会って初めてその含み笑いを耳にした時は
 何て不愉快な不協和音だと心の底から怠避したものだ。

 


 勿論、今も変わらず嫌で、身体中が総毛立つ程である。
 これから親同士も公認の今の恋人が、尋ねて来る。
 いくら、生まれてからの幼馴染とは言え、居合わせるのは峻別のある事ではない。


「それは良かった。いいタイミングです。僕もこれからお会いになる方と少しお話」
「帰って、お願い」



 思えば、なぜ子供の頃、そんな彼と大人になったら結婚しようなどと言ったのだろう?


「何度ここに来ても、無駄だって。人は言葉で分り合う生き物でしょう?
 理解して。もう決めたの。ずっと前に、私と貴方は終わったでしょう」

 


 マフィアな自分とそうでない彼と言う現実が、彼への愛情より勝って。
 何だかそんな愛情にずるずる引きずられ、愛する彼をみすみす自分側の世界に堕とすのがたまらなくやましく思えて
 何だか、そんな自分が情けなくて、おぞましくって。


「僕は、頷いた憶えはありません。認めませんよ。一度は好きだと返しておいて」


 魔が刺したのよ。いい加減許して欲しい。
 好きだし、嫌いだ何て思った事もない。
 だから、尚更、駄目なのだ。
 好きすぎて、好きでいられない事だってある。


「女心は秋の空。当てにするなんてどうにかしてる…」
「それは逆に言わせて貰えば、変わった天候も秋の空の様にころころ元にも戻りそうなものですが?」


 本当は秋の空の様にころころ変わったりしていない。
 今も昔も、唯一彼を愛して止まない。
 ただ、愛し方が変わっただけ。
 愛しいけど、もう、さよならすると心に決めた。



 何度か彼をそんなやり取りで怒らせて
 いつか親の上司の息子と見合いする事が前日になってバレた日には
 玄関の鍵も、部屋の鍵も、窓の鍵も閉めて寝たのに
 忍び込まれて手篭めにされかけた事もあるが。



 毎日、日毎囁かれる愛の言葉を何度無碍に断ろうと
 彼は毎日、私の所にやって来る。
 綺麗な花を持ってきたり、時には手紙をよこしてみたり



 私はその度、「ウザイ」「キモイ」など言って家から彼を追い返したり
 やって来るの知っていて、外出したりした。
 綺麗な花を目の前で手折って捨て
 時には手紙を「薄ら寒い。二度と送らないで」と、電話越しで感動の言葉を期待する彼にそう吐いてみたりしたのに。




 どうして、何度も変わらぬ愛の言葉をくれる?


 愛の言葉をくれるから、それを彼がくれる限り、私も私の愛を彼に贈る。

 悲しい連鎖だとしても、それが私の愛し方だから。


「困らせないで。もう本人同士でだけでだけれど、結婚の取り交わしを彼としたの。
 口約束だと言われればそれまでだけど、貴方約束守れない人、嫌いでしょう?」


 私は意地の悪い顔でそう言った。彼の痛いところを付けたと確信して。


「えぇ、嫌いですよ。ですが、よくもまあそんな涼しげな顔でいけしゃあしゃあと。
 ならば、貴方がこれからお会いになられる彼と結婚の取り交わしをする明らかに以前
 僕と交わした同じ約束を守るべきだと思われませんか?」



 別に忘れてた訳ではない。
 私は、約束を守る事をダシに貴方に私を諦めさせたい訳じゃない。
 私は貴方に、約束一つ守れない軽薄な女だと嫌われたいのよ、だからいいの。



「子供の時の約束だけど、もう愛する気持ちが残ってないの。
 それでも、守らなくっちゃ駄目かしら…」



 後、何度、愛情を裏返した血の滲むような言葉を贈れば
 貴方は私から離れてくれるだろう?

 もう、彼の恋人をやめて3年経とうとしているのに。
 


「そんな事を言って、後で後悔しますよ」



 名を呼んで、今日も諦めて帰ってまた2、3日のうちにケロッと我が家にやってくるのか?
 苦しい笑顔で首を横に振りながら、そう思っている私を見届けると
 小さなため息を付きながら彼は私に背を向けた。



「さようなら、愛しい人」



 名を呼ばれ別れの言葉をいつも彼は口にするのに、その日に限って
 彼は私を“愛しい人”と言った。



 私はその日、いつもの事だと彼の後姿を不思議そうに見送るばかりで
 彼があんまり、それ以外はいつも通りの立ち振る舞いだったから
 まさかそれを最後に彼が次の日
 私と彼が生まれてその日まで過ごした街から
 突然行方をくらまして5年経っても戻って来ないなんて夢にも思っていなかった。




 5年経って、私はやっと彼を探す気になった。
 5年経つまでに、結局私は取り交わした彼と、婚約も結婚もせず
 両親に勘当されて彼と過ごした街には居たが、マフィアではなくなっていた。


 それでも、街を出た彼を探さず街に居たのは
『彼がいつかこの街に戻って来るかもしれない』
 と、思うが故だった。
 私は、3ヶ月程で彼の消息を掴む事に成功し
 簡単な旅の用意だけして彼の住む町に向かう列車に飛び乗った。



 彼が住んでいると分った町は、私と彼が過ごした都会街から1000キロ以上
 遠く離れた田舎町で、まさか彼が此処に様などよっぽどの事がない限り分らなかっただろう。


 実際、そのよっぽどがあった為、私は幸運にも彼を見つけ出し得たのだから。


「ん?パルシーモリスアパートメント。あぁ、あの男だな。この奥のアパートだよ。
 因みに部屋は、3階の隅。有名人だぜ、この男。あんた、あいつの知り合いかい?」


 尋ね事をした男に、今度は逆にそう尋ね、私がコクリと頷くと
 怪訝そうな目で私を見て忌わしげな目で私を見た。


「あの男の家族かい?」
「いいえ」
「…恋人かい?」


 私は首を横に振り、「只の昔馴染みです」と、付けて加えた。


「そうかい。昔に楽しい想い出があるのなら会わないで帰った方が良いよ、お嬢さん。
貸した金を返して貰いに来た訳でもないだろう?悪い事は言わないよ。
良い男だとは思うがね」


 私は苦笑いして、尋ね事をした男に礼を言ってその場を後にした。
 はなから彼の居所を調べた時に分っていた
 いなくなったわずか5年の間に彼がマフィアになっていたって。


 例え彼が私に会いたくないだとしても、私は彼に会わなければ気が済まない。
『知った以上、知らない振りはしたくない。』 
 何て言い訳臭いよね。
 本当は、何だかたまらなく胸が熱くて、切なくって。


 私は彼のアパートの玄関の段差に腰を降ろして、夜が更けた頃からは膝を両手で抱いて待った。
 翌日の夜明け前、一睡もせず待っていた私の前に、彼が帰宅して来た。
 気づくかな?と、声をかけようか迷ったら、思い切るより早く

 なぜか、腕を掴まれた。


「あ、あの」


 そう言い掛ける私の腕を引いて、頬にもう片方の腕で触れてきた。
 まるで目が見えなくて感触でしか感じられないばかりに、じっくりと撫でて指を這わせ


「冷えます。部屋に」


 短くそうとだけ言って、彼は私の返事も待たず、彼は私の手を引いてアパートに入れた。


「あ、あの、えっと」
「…ちょっと、黙っててくれますか?声、頭に響くんです」


 彼は酒を飲んでいたらしく、前を歩く彼からほんのり、バーボン臭を嗅いだ気がした。


 彼は私を自分の部屋に迎え入れると
 リキュールのきいたホットミルクを出し
 彼は冷蔵庫のミネラルウォーターを瓶に口を付けて飲み干した。


「結局…」


 蚊の鳴く様な声でそう言って、思わず言葉をとぎらせて、声が通るよう気を取り直して言い直した。


「結局、あれから、貴方は後悔されましたか?」


 私が笑顔で私を見つめる彼に頷くと、彼は皮肉な顔で私に向かって目を見開いた。
 私は彼の異変に気づいた。

「どうしたの、その右瞳」
「……いろいろありましてね。マフィアになりたての頃にはもう」

 私は、ルビーの様に赤くなった彼の瞳をまじまじと見つめた。
 明るい海の様な瞳が、まるで炎が燃えているような赤い瞳にとって変わって
 彼の右にあった。


「あの」
「おや、気分を悪くされましたか?」

 私は、顔が蒼ざめているだろう。だって…


「痛くなかった?」
「は?そこですか。呆れましたよ。気持ち悪いとか、気色悪いとか。そう言うとこから突っ込みませんか」

 彼は失望したといわんばかりにそう言うと、私の肩を叩いて食器棚に向かった。


「結婚生活はどうですか?もう、子供の二人も出来た頃でしょう」
「結婚?……してない」


 瞬間、背後でパリンと食器が割れる音がした。

 振り返ると、彼がコップを落とし割って、呆然としていた。


「どうしたの?」


 私は席を立って、破片を拾った。


「嘘でしょう…」
「は?嘘じゃないわ」


 私は構わず破片を拾い続けた。
 何だろう。こしてると、まるで一緒に暮らしてるみたい。


「貴方、約束を、結婚の約束を取り交わしたと言ったじゃないですか?」
「そうね、約束、取り交わしたのにね。私約束守れなかったの」


 彼は、私の前に屈みこんで、私が集めた破片を取り上げて「もういいですから」
 と私の役目を取って変わった。


「貴方が約束を破るの、僕の前では初めてですね…」
「そうでしょう。あのね、骸」


 何年振りに彼をその名で呼んだだろう。そう思うと切なかった。


「何ですか?


 最後に会った日呼んでくれなかった私の名を彼が呼ぶから
 もう次の瞬間、涙してしまった。


「なぜ、泣くんです」
「骸が私の名前呼ぶから、骸に骸って言えたから」
「そうですか…」



 こんなにも取り乱している自分に対して、彼は苦しいまでに無感動を通した。
 まるで、これから死ぬ人の様に、私を静かに冷ややかに見て。

「自分勝手な言い草だけど、貴方との約束まだ間に合うかしら?」 
「今更調子の良い。みっともない。先に泣くのをお止めなさい」


 骸はそう言って、コップの破片を暖炉に放って、冷蔵庫から水を取り出した。
 私はこれが最後と骸を見つめた。骸の顔を死ぬまで忘れない為に。


「そうよね。ごめん」


 私が玄関に向かって立ち上がると、彼はなぜか咄嗟に腕を掴んだ。


「えっ骸?」
「帰る気ですか?」


 怒った顔だった。どんなに無碍な態度を取っても一度も怒ったりしなかったのに
 一体何年振りにみる彼の怒り顔だろう。

 

「だって…ずっと居たら迷惑でしょう」
「貴方、何しに今更来たんです?」


 骸に強い口調でそう責められて、私は下唇を噛み締めて言った。


「何って、貴方に好きって言いにだけれど」
「貴方、僕が貴方と過ごしたあの街で、それをどれだけ言わせたかったか
 それが貴方に分かりますか?」


 そう言って、骸は私を抱きしめて、唇を食む様に合わせて私の髪をかき乱した。
 私は、水で流れて酒のにおいの消えた唇なのに、彼の唇に私は眩暈がを覚えて目を閉じた。


「悪いですが、今夜はに何するか分かりませんよ、僕…」
「今夜ってもう明け方」


 唇を離して、そう言って、彼は私を寝室に引き、電気を消した。


「もうお黙りなさい」
「お望みなら。これからはどうぞ何なりと。私も愛しい。貴方がすごく愛しいわ。大好き、骸」




 BAD から始まる HAPPYエンド



後書き




 初骸短編!!復活短編は、これがやっと2度目です。
 初は、マーモン夢を書きました(マニアック!!)。
 初めて相互リンクしていただいた、ふぁむんうた様へのお礼夢として捧げさせていただきます。
 ふぁむんうた様の書かれる六道 骸関係の小説が特に好きです。
 特に骸ツナでおくる黒執事パロがオススメです。

 さて、今週日曜日より、骸連載始めます。
 アンケートの結果を踏まえ、最大限反映しようと雲雀寄りのやはり骸落ちに決めました。

 多分、予定通り、始められると思います。土曜日には先行で2話ぐらいまでUP!出来たらいいな、なんて。

 専門学生の妹はもう既に夏休み突入しておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうかね?

 これからも、優コン?どうぞ宜しくお願い致します!