2009年バリ
2009年7月16日〜7月25日
2009年のバリ スケジュール
日程スケジュールホテル
7月16日GA889で名古屋発 バリ着、クタへ移動サンティカビーチ
7月17日サンティカビーチチェックアウト、マンギスへ移動アリラマンギス
7月18日アリラチェックアウト、アメッドへ移動ブルームーンヴィラ
7月19日アメッドで2ダイブ&シュノーケリングブルームーンヴィラ
7月20日ブルームーンチェックアウト、ウブドへ移動、ケチャスハティゲストハウス
7月21日ワヤンさんの実家へ、レゴンスハティゲストハウス
7月22日スハティチェックアウト、夜のオダランアグンラカバンガロー
7月23日プール&スパアグンラカバンガロー
7月24日アグンラカチェックアウト、南部でショッピング空港へ
7月25日GA888でバリ発 名古屋着帰国
もうすぐバリ! sakit bali 発症!?
pesawat Garuda

3年半振りのバリ

待ちに待ったこの日を迎えるにあたって出発1ヶ月前からテンションは上がりっぱなし。

寝ても覚めても頭の中はバリ一色!

夕飯の支度をしながらビンタン片手にバリの風に吹かれる自分を妄想してたり、寝てる時もバリの夢を見るせいか、夜は眠くならないし、朝は夜明け前に目が覚める。


睡眠不足で食欲も振るわないから体重も減った。
これはホント嬉しかった 笑
まるで恋煩いのようなおめでたい症状・・・
バリへ通い始めてから何度となくこんなことがあった。訪れれば訪れるほど、重症化してる。

こんな私の様子を見て、旦那が「遠足前の幼稚園児みたいだな。」

しかし一ヶ月も前から遠足前幼稚園児状態の私は、当日朝ふらふらで身支度を整え朝食を作り、後片付けまでしていたら空港駐車場必着時間の8時に間に合わなくなり、30分遅れで駐車場に到着。

何とか空港へは着いたが、出国審査を終え免税店を見ていたら息子がパスポートに挟んでいた搭乗券と出入国カードを何処かへ落としてしまったと言う。

嘘でしょ!?どうしよう(汗) あと15分もしたら搭乗時間だよ〜

闇雲に探し回るよりまずは係員に事情を話す。
「そうですか、それでは取りあえず搭乗ゲートへお進みくださりそちらでお待ちください。」と言われる。
万一乗れなかったらと最悪の事態を想像し、すごく不安な気持ちでゲートへ向かった。
ゲートに居た係員がチケットのようなものを持って呼び出しをしていた。
名前を告げると「こちらに落とされた搭乗券と出入国カードが届けられております。」と係員から笑顔で搭乗券と出入国カードを手渡された。

あぁ良かったーーーと一件落着。

kacang tanah
最初に配られるピーナッツ、
ずっと前は甘いニンニク風味の衣がコーティングされたものだった、あれが美味しかったっけ
気圧に弱い私はここでは禁酒
warnai lipat
息子がもらった工作キット
いろいろな乗り物の絵に付属の色鉛筆で色を塗り折って立てることができるようになっているが、すぐに飽きて『ドラえもん』に没頭。
チャイルドミール
チャイルドミールは鶏の唐揚げとチキンライス。
メインよりお菓子の比率が多くて本人は喜んでた。怪しいプリンは激マズ! 笑
ランチ・肉
旦那のチョイスした鶏の照り焼き。名古屋バージョンはきしめんとういろ付き、ういろが一番美味しかったらしい。
ランチ・魚
私は魚。
サーモンか白身魚だったか、どっちだっけ?
マズかったので記憶無し。
機内

思えば今回のバリは計画し始めた段階からいろいろあった。

燃油サーチャージの減額と同時にチケット購入直後、新型インフルエンザ騒ぎで旦那の会社から海外旅行自粛令が出たり。
旅行前半でマナドかジャワへ立ち寄るつもりだったが予算オーバーでバリだけになったり。
一度予約を入れたホテルから他のホテルに目移りして変更したり ・・・で、宿泊先が全て決まったのが2週間前という慌しさ。

バリへ来て何が楽しいかと言えばまず1つは会話。

だが、ここ2年インドネシア語を習って いない。
旅行の計画に時間を掛け過ぎて復習も出来なかったから以前のように会話できるか自信がない。

ちょうどうまい具合に前の席にインドネシア人女性が小さな女の子と座っていた。
試しに話しかけてみる??

通路側に座っていた旦那が窓の外が見たいというので席を替わった。
息子がもらった赤道通過証のシールを「ずっと前は鳥の絵だったんだよ。今のは可愛い絵だね〜」なんて話していたらその女性が振り向いてそのシールを見て微笑んだ。

赤道通過証

ぐずっていた女の子にそのシールを見せたかったようで、どんなシールか尋ねられたので、どうぞ見せてあげてと渡した。

税関申告カードを書くのにボールペンを貸し、サインの場所も教えた流れでその女性の身の上話を聞くことになった。

日本で車の窓枠のゴムを作る工場で働いていたらしいが、長年の作業で左手の親指の骨が変形してしまったと言っていた。
その女の子は孫で2歳、一緒に故郷のメダンへ帰るそうだ。

こっちからももっと色々、ご主人のことなど尋ねたかったのだが、前のように言葉がすんなり出てこない。
インドネシア語をどこで覚えたのか聞かれた。
日本で留学生から・・・と言おうとして『留学生』ってインドネシア語で何だっけ?としばらく考え、たどたどしく答える。

やっぱり使わないと忘れるもんだね〜
帰る頃には少しは取り戻せてるかな。

そうこうしていたら視界にアグン山が入ってきた。
もうすぐバリだ〜。

Genung Agung 割れ門

入国、至福の香り
Home |Bali and Indonesia | Camp and Ski | Trip to Okinawa | ecokraft | Enak sekali ! | profile | link

copyright © 2007 〜 2011 Turun Minum All Rights Reserved.