平成20年5月10日
 パネルディスカッション
 
        
「子どもの良さをもっとみたい」 
                               

コーディネーター:えひめ子どもチャレンジ支援機構 理事長  村上 伸二
パネラー:えひめ子どもチャレンジ支援機構 副理事長 井門 照雄
     愛宕中学校             校長 安田 晴光 

村上
 「子どもの良いところ」について、しゃべるのはなかなか難しい。
いきなり聞くと戸惑うので、
子どもについて2人がどのように見ているかというあたりから、話してほしい。
  わたしは、退職して10年目になる。
現在、松山市の生石小学校で、「放課後子どもプラン」というのをしている。
子どもと10年ぶりに触れ合うと、何かが変わったと痛感する。
でも何が変わったかは、まだわからない。
今日のパネルディスカッションで、この疑問を解き明かすことができたらとおもう。

安田
 学校で、「おはよう」と挨拶するようにしている。
よく挨拶をしてくれるが、答え方はさまざま。
195人の生徒すべて違う。
問題点や良いところは、全体としてとらえている。
7時30分〜40分の間にほとんどの子どもが登校する。
夕方、部活動などもあって7時過ぎに下校。
塾に行く子は帰宅が10時過ぎ。
子どもは家に帰って何ができるのか。ハウスはあるが、ホームがない。
自分をつくる時間があるかどうか、疑問である。
休日は、ほとんどの子どもがテレビ、ゲーム、インターネット、
メールなど自分ひとりで時間を過ごしている。
そして、自分ひとりで満足を得ている。
子どもたちに共通しているのは、受身の楽しさである。
メールは、一方的に自分が出して、相手に5分以内に返事をくれというらしい。
一方的な自己主張、自己満足が強い。
自分が満足することを求めるのは、悪いことではないが、
足りないことは、人とかかわるところ。
人は、人とかかわる中で、
多様な価値観に接して、自分を育てていく。
今後、子どもの活動の中で、そこを増やしていくことが大事である。
現代社会では、大人も「人とかかわること」が下手である。
 誰しも分かっていることではあるが、一番大切なのは自分。
一人ひとり大切な自分がいる。
だから、周りの人も大切にして自分を伸ばしていく作業が必要になる。
 メールの一方的な自己主張ばかりしていれば、コミュニケーション能力は育たない。
面と向かって話し合い、感情をぶつけ合うことが一番良いことではないか。
 最近、一番話し合えるはずの親は、
共稼ぎが増えて、子どもに愛情を示す会話ができづらくなっている。
家族という単位ではなく、子どもとかかわれる者が
かかわれるときになにがしか協力していくことが求められているのではないか。
「小中高での呼びかけ」というのがあったが、
親に対して、ひと家族ではできないことを、周りのみんなで
協力していけばできるのではないかということをアピールしていかなくてはいけない。
 大人も、自分自身が活動することで、自分が楽しみ、ともに笑い、成長することが大事である。
世代を越えて、子どもを育てていくのだから、
どのようなねらいをもって活動するか、なにをしようとしているのかということを、
しっかりつかんでいなければならない。
なんのために活動しているかということを、しっかり見つめないといけない。
 ユネスコに
 |里襪海箸鯆未靴
 △覆垢海箸鯆未靴
 ともにいきることを通して
 た誉犬魍悗
という21世紀の柱がある。
われわれ自身が、子どもたちになにを伝えたいか、しっかり考えなくてはいけない。

井門
 商売は本屋をやっている。
YGP(八幡浜元気プロジェクト:高校生〜34歳くらいまで)が愛媛県のまちづくりのチラシに載っていたので嬉しかった。
 10年前博報堂の発表した消費者動向は、
プロセスをふまないで、エベレストのてっぺんにたちたいというような、
最初から結果を求めていると指摘した。
   10年後の現代、それが、子どもに受けつがれている。
 銀天街で仕事をしているが、
人通りの多い道路で、自分の思ったときに進路変更する人が多い。
突然、進路変更されると、ぶつかりそうになったりするのだが、
自分の行きたい目的地が決まると、相手のことなど眼中にない。
よけることなどないので、大変危ない。
目的地に行くのに、他の通行人に迷惑をかけないで
到着するというプロセスが欠如している。
 今年度で2回目となる学力テストがあった。
記憶はしているが、それをうまく活用することが出来ない。
数学の計算問題も、数字の上だけでは解けるが、
それが地図の中にあると解けない。答えに結びつかないことが多い。
 大学でも、卒業できなかった子どもに、
なぜ卒業できないのかと親が大学に言いに来る。
その子どもは、親に反抗して単位をとらなかったというのだが、
親は、間が抜けていて、卒業できるかできないかという結果だけを見ている。
 松山東高校には通信制がある。
昔は、工場労働者など、勉強したいけれどできない人が通っていた。
今は、不登校の子や何か問題があって高校に進学できなかった子がほとんどである。
教科書を買いに来るのも親である。
子どもはプロセスを楽しみたいのだが、親は結果しか見てくれない。
 コミュニケーションについては、お互いに話し合う、活動しあう場がないと思う。
場があってこそはじめて、コミュニケーションがある。
当機構は、その場の設定をすることができるので大変良い。

村上
 二人の話の中に、二つの問題があった。
一つは子どものおかれている状況。
情報化社会が広がってきたために、世の中のシステムに振り回されていて危ない。
二つは、消費者意識、十数年のうちに広がってしまって、結果ばかりを求めるようになった。
 パスカル・ブリュックネールが、「贈与への慣れ」、サービスを受けることを当然だと思う心、
「全能感」など自分が一番偉いと思う気持ちがある、といっている。
現代におけるモンスター・ペアレンツなどはその典型である。
消費文化の中で子どもが振り回されている。
 少し見方を変えて、子どもの良いところを、
「子どもが持っているであろう良さ」という観念論ではなく、
さまざまな活動や行動で見られる「よさ」を教えてほしい。

安田
 一言で言うと、最近の子どもは適応力がある。
場面の対応ができる。
15歳までの子どもたちなので、素直さがある。
いろんな場面で自己主張をするが、そうではない場合にパターンを教えるとすぐ適応する。
経験が少ないので、いろんな場で伸ばしていけばいいと思う。

村上
 僕らが子どものときよりは、感受性がすごいのではないかと思うがどうか。

安田
 下校時、夕日を見るとどの子も感動するが、
感動を持続させたり、次に転化することができないかなと思う。
感動するハートはあるが、知性に転化することができない。

井門
 松山の街中、大街道、銀天街にたむろしている子どもは多い。
銀天街にいる子は、ショウウインドウをみながらダンスをしている。
10時〜12時ころまで踊っているが、12時過ぎると帰る。
ちゃんとわきまえているようだ。
 そうでない子は、ものの考え方が、ゲーム的になっている。
相手の痛みがわからず、殺しても生き返ってくるという感覚が潜在的にある。
情報化社会の中で根付いていると思う。
 大学生の論文審査員をしているが、98%がネットでひっぱってきて書いている。
結論は2行ほど。子どもには可能性がたくさんある。目覚めさせればいい。

村上
 子どものよさは、表面に出にくい。
全体としては、たくさんの良さを内に秘めている、
それを引き出し伸ばしていくということがわれわれ大人の役割であろう。
大事なポイントとして、活動を展開する中で、どのようなことに気をつければいいか、ヒントがあれば聞かせてほしい。
子どもを前面に立てるときに、表面は見えるが、ほんとにやりたいこと、見てもらいたいことが見えない。
見つけて伸ばすと、もっとよくなるのではないかと思う。
引き上げていくためにどうしたらいいか。

安田
 私自身、子どもと同じ目線になるのに60年かかった。
大人も子どもと一緒になって考える、変わっていく。
ルソーが、「年齢差のないのがいい教師だ」と言った。
大人が子どもになることが大切だ。

井門
 松山市の生徒会連合会で8月に中島に行った。
松山市立西中学校が中島に行く前の生徒会活動の様子、
行った後の様子をビデオに収めていた。
報告会でその様子を見ていると、
1学期と2学期の顔の表情がまったく違っていたのに驚いた。
合宿で、別の学校に同じようなことで悩んでいる仲間がいたことを
発見して変わったのだと思う。

村上
 仲間の力が自分を変える場をつくったということのようである。
 風姿花伝の本の中に、誠の花、時分の花があって、
誠の花を咲かせるようにしなさいと書かれてある
。時分の花というのは、成長の過程で、その時々に咲く花であるが、
人間にとって一番大事なのは、どの時分でも変わらない誠の花を咲かせるということであった。
 子どもが切磋琢磨できる仲間や、大人が一緒になって考え、
知恵を出し合って共に生きるということは、子どもにとって誠の花を咲かせることになるのではないか。

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