農業で生計を立てる 第一章

第二章


就農と田舎暮らしの体験記



農園から北側を望む


国民年金だけの人に限らず、

厚生年金加入者にとっても年金だけでは生活が出来ない時代。

自治体では新規就農や定年後のUJIターンと称して

都会からの移住を促進しています。

これは今後ますます増加することでしょう。

景気が後退すると農業を始める人が増加する傾向にあるようです。

しかし田舎には都会にないものがあるという理由で憧れがあるのでしょうが、

都会にあるものが田舎には無いということも

知っておかなければならない大きな問題です。

都会暮らしをしてきた人が田舎で暮らすということには意外な落とし穴もあります。

男性にとっては理想でも女性にとっては悪夢の場合もあります。

充分な調査と検討を心がけ、安易な行動をしないための参考になれば幸いです。


人生初の農業体験。

農業を始めるにあたって大切なのは、勿論一に健康、二に体力です。

農家へ手伝いに行くだけでもパワーが足りなくて成果の上がらない人もいますから、

肉体労働の経験のないひとは退職後すぐに就農しないで

少しは体を鍛えておいたほうが良いでしょう。


デスクワーク専門だった方がそのまま就農すると、

体力的に苦痛を感じる場合が多いようです。

その時点で耐えられるかどうかはその人の精神力と体力次第ですが、

自治体の中には農業体験の出来るところもあるようです。

一ヶ月ほどの研修のようなものがあって、

体験した多くの人たちがここで就農を諦めるそうです。


それほど今までの仕事とは違って体力を消耗するのでしょう。

しかしこの方法にも問題があって、一ヶ月や二ヶ月では十分な体験とは言えません。

体験した以外の季節に最もハードな仕事があるかもしれないからです。

また、物事の最初というものはなかなかうまくいかないものですから、

何年かやってみないと結果は出ません。

いままでの仕事の中で使ったことのない場所にも負担がかかるわけですから、

一ヶ月で慣れるという事はありません。


生まれつきあまり体力のない人や腰痛の持病がある人などは、

数年経験しても農業に適した体になる事が非常に難しいでしょうが、

比較的健康で平均的な体力がある人なら、

2年目か3年目で体が慣れてきますから初年度のような苦しみはなくなります。


土壌改良などのために穴を掘って20kgの袋を抱え、中の土をばらまく。

その数が300なら合計約6トン。

これが初年度においては非常に苦痛で、

極端に言えば、なぜ自分がこんなことをするようになったのか、

いつ辞めようかとそこまで考えてしまうものです。


そしてほとんどの人が2年目は慣れたようでも

まだ少し体力的に厳しいのが現状のようです。

3年目になると確かに楽ではないのですが、

自分でも気付かないうちに

何となく同じ作業が以前よりは円滑になってきているのです。

これは仕事の要領が良くなってきたこともひとつの要因でしょうが、

明らかに日々の作業の中で体の中の必要な箇所が慣れてきているのだと思います。

春の園地  時折、野鳥の巣を見つけることもあります。

お客さんは、キジ、スズメ、モズ、シジュウカラ、ヤマバト、ウグイス、

ジョウビタキ、セグロセキレイ、キセキレイ、カッコウ、トビ等々


40年間サラリーマン生活を送ってきた新規就農者が、

元の職業の看板屋から転進し、


なぜ農業に関わることになったのでしょうか。
諸般の事情により退職。

地域情報誌の広告に出ていた農業支援の仕事をやってみようということになり、

その説
明会に参加したのです。

大学の大学院に通っていた一人の女性が、

援農のために教授とともに設立した組織ですが、

基本的な動きは農家で人手が必要な時に必要な人数で応援に行くというものです。


会員としては本業として生活が成り立つだけの収入にはなりませんが、

何もしないよりは生活の足しになりますし、農業の支援にもなります。

<最初は大学生だけの組織だったそうですが、

学生は本業が勉強ですから平日にはなかな
か動くことが出来ません。

そのうち農家から平日も手伝ってもらえないかという相談があり、

学生中心の援農隊が一般の社会人を募集したというわけです。

現在ではこの一般の社会人のほうが行動のメインになっていて、

援農団体以外で応援してくださる方もほとんどが団塊世代の人たちです。

<私が組織に加入したのは勿論収入源の一つということもありますが、

農業従事者の高齢
化により作業に対する負担が大きいことや、

後継者がいないために人手が足りないこと、

また離農により農地が荒れてしまっていること、

それに大げさですが日本の食糧自給率が低いことも一つの理由でした。


もっとも、主観的な見方をすれば

食料自給率の数値にはいろいろなカラクリがあると思
います。

キャビア、フォアグラ、トリュフ、フカヒレ、明太子、牛肉、鮭、

ピーナッツ、パイナップル、グレープフルーツ、など、

輸入比率の高いものや高級食材を食べるのを減らして、

米、鯵、鯖、秋刀魚、きゅうり、茄子、トマト、ジャガイモ、玉ねぎ、白菜、等々

比較的国内自給率の高いものを食べていけば食料自給率も上がるのです。

カロリー消費量から算出したものは計算上の自給率が低く、

食品の価格をベースに算出したものは自給率が高くなっています。

ここにも数値のカラクリがありますから端的に判断は出来ません。

しかしこれまでの生活習慣はなかなか変えられませんから、

マグロを食べるのやめた!

ということも出来ないしこれも仕方がないのかもしれません。


今では自給率よりも安全性の問題がクローズアップされるようになり、

そういう面からも国産品が見直されています。

中国からの輸入品に含まれる薬品や世界的なBSE問題などで、

食の安全に対して日本だけでなく世界中の人々が敏感になっています。


日本産の食品を中国で展示する催しがあるそうですが、

中国が日本製の食品を高額で引き取った場合、

ますます日本での値上がりや不足が懸念されるところです。

マグロを買い占められ捕鯨が禁止されたら日本人は何を食するのか、

今から動き出さないと農家では何とか食べるものがあっても

都会の人たちには届きにくくなってしまいます。

日本国内で生産する農産物については

農薬の使用基準が数年前から更に厳しくなっています。

希釈倍数や残留農薬の検査、他の作物にかからないようにするなど、

異常があれば全量出荷停止になるほど厳格になっています。

消費者の目に見える栽培方法を目指して、

一段とステップアップしていると言えるのではないでしょうか。


以前、イージス艦と漁船が衝突して二人の漁師さんが行方不明になりました。

この二人の漁師を僚船が一週間、漁をしないで捜索に当たりました。

その後いろいろな問題が発生していますが、

事件を別の観点から見てみますと、

事故の結果、漁に出ずに捜索をしていたので

市場での魚の流通が極端に少なくなり、

遭難した二人の家族が捜索を中止してくれと、

猟師たちに伝えたとの事。

この出来事を見ても食料というものは工業製品のようなわけには行かないのですから、

日々生産していなければなりません。


ですから、安定供給のためには

もっと国内の第一次産業をどうするのかという大きな問題になってきます。


ちょっと外れてしまいましたので援農に戻りましょう。

現在私の農園に対して手伝いをしてくださっている人たちがどのような方々なのか

ここで紹介をさせていただきます。


まもなく75歳になろうとする男性、

探究心旺盛な方でいろいろな農家での体験を望んでおられます。(山口市)援農歴5年



65歳にして退職、最初の援農が当園の交配作業ということで引き続き仕事を依頼。

仕事は丁寧、真面目でコツコツ型の男性。(長門市)1年



年齢不詳私と同じくらいでしょうか、

援農というよりも自然の中での活動に意義を感じておられるようで

当園との相性も良いようで非常に協力的な女性。(山口市)3年



年齢予想65歳の男性、

体力もあり他の農家からも頼りにされておられる方なので

常時雇用というわけにはいきませんが、

仕事でのフットワークは立派。(山陽小野田市)3年



女性の方で団塊世代よりかなり若いのですが

自分の休みを利用して

自然の中で体を動かすことに意義を感じておられます。(下関市)3年



ご高齢ですが私たちと変わらずとても元気なご夫婦。

今年で三年目のお付き合い。(山口市)



その他、他の農園での仕事が終わってから当園にまわってくださるかたが、

地元や山口市におられますので、

一人で管理している園としてはとても助かっています。

このような方がけっこういらっしゃるのです。

園地の降雪 ドカ雪はほとんどありません


新規就農と田舎暮らし。

農業に憧れ、田舎暮らしに憧れて生涯働けるから農業やってのんびり暮らすぞ!

そうですか、いいですね、頑張ってください!と言いたいところですが、

そう簡単にはいかない時もあるのです。

仕事がきつい時、ああ、もう、こんなのいやだと思うこともあります。


田舎暮らしを美化し推奨するかのような本も出版されていますし、

都道府県単位でもUJIターンと称して特に団塊の世代をターゲットに、

都会から田舎への転入を促進しています。

これは地方自治体が地域の経済活性化のため

人口増加を目的に実行しているものですが、

日本全体で人口が減っているのに、

過疎地の人口を増やす事はなかなか容易ではありません。

良いところも悪いところも理解していなければ健全な暮らしは出来ません。


(団塊)というと単なるかたまりのようで、

(烏合の衆)という言葉にも通じるような気がしてならないのですが、

堺屋太一さんはどういう理由でこの言葉を使用されたのでしょう。

確かに団塊には違いないし、

団塊世代の今の政治家を見ると烏合の衆と言えなくもないのですが、

他にもっと適切な表現方法があるような気がします。


まあそれは置くとして

団塊世代よりも前に生まれ、

戦争や貧困の時代を生き抜いて長い間苦労をしてきたご年配の方々のほうが、

物事の善悪を判断する力や社会を動かす力、

実行すべき事を的確に実行する、

また、公徳心や正直に生きることなどについても、

遥かに優れていると思います。


私たちは戦争で敗れた後に生まれ、

戦勝国から強引に改革をさせられた手探り戦後教育の中で生きてきました。

それから今までの長い間、

ひずみのある教育の中で若い人たちも育ってきましたので、

遂に日本全体が政治の場も一般社会の人間模様も崩れてしまいました。

これが戦勝国の狙いだったのでしょうが

、修正するにはもう遅いのか、それともまだ間に合うのか、

挑戦してみる価値はあると思います。


私が通っていた小学校は1クラス60人で6クラスありましたから、

同じ学年が360人。小学校全体で約2000人がいたということです。

それもそのはず、小学校から私の家まで
約300メートル。

その間に同じ学年の人が道路沿いに10人くらいいたを覚えています。


昭和20年頃から24年頃までに生まれた人たちが、

この第一次ベビーブームの団塊世代なのですが、

この人たちに地方に住んでもらおう!と、今、自治体が動きはじめているわけです。


実はこれが今回の本題なのですが、

団塊世代が日本の食糧事情を

多少なりとも改善出来るのではないかと思っているのです。

新規就農における仕事の内容や都会と田舎との生活条件の違いがもとで、

定住することの難しさを示す出来事も多いものです。

新規就農ではなくて単に地方へ転入するだけでも、

田舎暮らしという点では同じような問題があります。


そうはいっても交通渋滞がないことや暴力的な若者が少ないこと。

生涯現役で仕事が出来る、暴走族のような騒がしいこともない、

空気も水も綺麗というふうに確かに利点も多くあります。

私は同県内で約35km離れたところに住んでいて就農した者ですから、

UJIターンとは言えませんが、

以前と生活基盤が違うという点では、同様のことが言えると思います。


私の住む地域では過去において他の地域から転入し新規就農した人の中で、

6年以上継続できた人はまだいないと聞いています。

5年間継続すれば助成金を返還しなくても良いので、

この5年間がひとつの節目となり離農する人が出てきます。

ただ、わずか5年間であっても農地の管理をしているので、

それなりの意味はあるのかもしれません。


以前から果樹農家として活躍しておられる方の息子さんや弟さんなどが、

一旦故郷を出
てから親元に帰って就農して活躍している方はおられますが、

親類縁者のない人が新規就農で転入した場合、

なかなか続きにくいというのが現状のようです。


生涯現役という面では制限されることがありませんから、

健康である限り何歳まででも仕事が出来るということでは最高です。

農業政策による助成金や無利子または低利の借り入れも利用できますから、

他の仕事をしているよりはこの点では多少有利かもしれません。


機械や道具の力を借りて仕事をするのですが、

労働に耐えられない人も現れてきます。

それに会社勤務の時代には考えてもいなかったことですが、

初めての年には時間を上手に使えませんから、

自己管理が不十分になり気持の上で流されてしまいがちです。


そしてなんと言っても労働のわりには利益が少ないので、

この点でも意欲の低下を招くことになるかもしれません。

低収入というデメリット、そしてストレスが少なく時間も自由というメリット、

どちらに重点を置くかということも大切なことです。


以前の職業訓練校のようなやり方で農業訓練校を開設し、

農業従事者を増やすという方法でもあれば、

ここで夫婦そろって勉強してみるとかそういう手順が必要なようです。


静かな田舎でスローライフと言えばとても響きの良い言葉です。

確かに人生の中で忙しく働いてきた私たちにとって、

ゆっくりと過ぎていく時間の中で暮らすことを長い間夢見た方もあるでしょう。

しかし夢とは逆に金銭的、精神的な苦痛を増幅させただけで、

離農していくという人もいるのです。それぞれの性格や好み、

夫婦の関係などによっても違うでしょうが、

過疎地の現実は良いことばかりではないのです。


多くの女性の場合、生活していく上でのいろいろな場面で

一定以上のレベルでないと満足出来ない人が多いものです。

男性が夢を実現させるためには多くのことを犠牲にしても構わないのとは、

少しギャップがありますから注意が必要です。

東京で長い間暮らしてきた人が福岡や広島などの地方都市に住むというのであれば、

デパートあり、スーパーあり、コンビニあり、教育機関も発達、

生涯学習も完備、病院もたくさんありますからそれほど違和感はないでしょうが、


それでは田舎でスローライフということにはなりません。


別荘で一年のうち60日くらいを田舎で暮らすという方法も、

これは自治体の主旨とは食い違うでしょうから無理があります。

家も2軒必要になりますから継続するとなると一般的ではありません。

旦那さんが農業をやりたいが収入の面で問題があるという場合は、


奥さんが会社に勤めて自分だけが親の後を継ぐという方もおられます。

どうしても農業をとおっしゃる方は、

郊外に土地を借りて休日に農業をするというパターンのほうが

間違いは少ないと思います。

自分からの強い意志で就農されるのであれば、


農業を主体とした会社組織のところもありますから、

自分が生産しようとする作物を選んで適した企業で勉強をして

成功率を高めてからでも遅くはないでしょう。


最近では農業体験塾なるものもありますが、

あまり期間が短いものは体験不足という結果になりやすく、

農業がどんなものなのかを理解するだけの経験を積むことが出来ません。


自分が栽培しようとする農産物を作っている農家で、

一年間を通して全ての農作業を体験するのもひとつの方法です。

また、援農団体に加入していろいろな農家で体験することも出来ます。


とりあえずご主人だけが引っ越して地盤を固めるというのも一つの方法。

一人じゃ嫌だというのであればあとが続かないのでやめたほうがいいと思います。


田舎暮らし=人生の楽園、と単純に考えている人はいないと思いますが、

なかなかテレビで見たとおりの展開にはならないようです。


新規就農した人の談話とか体験談などを呼んでみると、

その厳しさを正直に話す人はごくまれで、

ほとんどの人は自分が就農して良かった出来事のほうを強調してしまいます。


しかし失敗例のほうが良い参考になるのですがその性質上、

就農促進の弊害になるので、一般に知らされることは少ないようです。


就農するに当たってはその失敗例こそが必要なのだと思いますがいかがでしょうか。


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