Jean Francois Millet

ジャン=フランソワ・ミレー

フランス マンシュ出身

1814-1875

 バルビゾン

 


 

 

”晩鐘”

1857−1858年

オルセー美術館所蔵

 

 

 

 

 

 

1840年代後半からフランスのバルビゾン村を中心に活動した自然主義傾向の画家たちのグループ名をバルビゾン派と呼びます。

ジャン=フランソワ・ミレーはその派の中心的な役割を果たした一人でした。

その彼は1814年にノルマンディー地方の農家に生まれました。

そして貧しい環境の中、シェルブールの画家より絵画を学びます。

1838年には奨学金を得てパリに出、イポリット・ドラロッシュのアトリエに入門しました。

1840年にはサロンで入選を果たします。

彼は華やかで優雅な画風の肖像画や神話画を描いて売ることで糊口を凌ぎましたが、1845年頃より画風を変化させます。

それはプッサンやドラクロワに傾倒した、より彫刻的で雄々しいものでした。

1849年には家族を伴い、バルビゾン村へ移り住みます。

そして後のバルビゾン派のリーダー的存在となるテオドール・ルソーらと親交を結びました。

しかし他のバルビゾン派のように人気の無い森の風景を描くことに力を注ぐことはしませんでした。

彼の関心はそこで真摯に働く人々の姿を共感と敬意を込めて描くことにあったのです。

彼は大地に根付いて生活する農民たちの姿を温かい目で見つめて描き続けました。

1850年のサロンに出品された「種をまく人」は、評判を呼び、彼の画家としての名声は高まりました。

1860年代には名声が確立し、1867年の万国博覧会では回顧展が開催されました。

 


前画面へ