-平穏と痛み-最終試合中に巡らせた思考-


私はRTAと創作活動という趣味を持っていたわけですが。
元々、趣味というのは、気分を晴らす為にやるものですよね。
日常生活で疲れ切った心身をリフレッシュさせ、また頑張ろうって思えるようになる為に。


そう考えると、趣味で痛みを伴うのはちょっとおかしいのです。
確かに、何かをやるって事は、苦痛の時もあるのでしょうが…。
今の私には、ちょっと色々ありまして、行動する気力があまり無いので、
苦痛や痛みを伴うリスクが発生する行為は、最小限に抑えたいと願っています。


ここでRTAを考えますと、『まとまった6時間』を費やすことで、少なからず影響が出て、それでやはり胸を締め付けているかのように思えます。
これでしたら、ちょっと危険ですよね。
確かにRTAは趣き深いのですが…。


あと、昔ネットでちょっとあれがありまして、それの影響であまり思い出したくない…というのもあるかもしれません。
わかる方にはわかるでしょうが、苦い記憶を引き起こすものは、生理的にちょっとあれですよね。


また、私生活を考えると、6時間の連続したプレイ時間を取るには、必然的に睡眠が2時間とかになるので、身体的にも痛みが伴うことになってしまいます。


このような事を考えると、
今の私には、やはり細切れの趣味時間では平穏がほしいので、
細切れ時間でも出来るようにと、創作活動とか、uprisingとか、RTAにしても戦術構成とかが好ましそうです。


最も、今現在は私情で休止しているわけですが。
これに関しての理由は、(略)なので書かないでおきます。


うーん…ただ、RTAで戦術構成していると、
戦術の素晴らしさを伝えたくて、記録を出したいって思うんですよね。
今回の記録をとっても、「6時間切り」には至らなくても、
「ピエールで散々な目にあい、さらに事故が多くても6時間2分」というのは十分戦術の素晴らしさが伝わったのではないかと思います。
そのように考えると、苦痛を伴っても戦術の素晴らしさを…とか考えてしまうのですが。
こういう考えが諸刃の剣なのでしょう。


うーん、もともとはゲームって細切れ時間の余暇にリフレッシュで行うはずのものなのに、
ネットが絡むと恐ろしいですね。依存然り、発表の為然り。


ネットはあくまで道具なので、ネットに縛られたり、ネットが中心になったり(ネットの為に何か犠牲になったり)してはいけませんよね。
そう考えると、犠牲を伴わずに、何か戦術を伝える方法はないものか…。


と、行きつく先が、以前開かれていたRTA大会でしょうか。
大会のために予定を調整したというのなら犠牲が伴うことですが、
大会は公認のイベントであり、文化祭同様に行われる行事なので、ここなら流石に、致命的に自分を責める原因になる犠牲はなさそうです。
そして、大会は当然ながら一発勝負ですので、リセット連打を嫌う私の概念にも当たっています。


とりあえず、家で徹夜でやるRTA界からは引退し、
もしいつの日か大会が開かれる事があるならば、その時のために細切れ時間でふと思い出すかのように戦術を構成しようと思います。


…さりげなく、ネットカフェでやるという選択肢が浮かんできましたが、却下。
カフェでRTAなんて聞いたことありません。笑


とりあえず、いろいろ(略:説明が非常に難しいので割愛)がありまして、今度こそネット界は大幅に休みますね。
重要なもの・大切なもの・優先順位等を考慮に入れて、またみどりの事情とか(謎)も考えて、
色々なものを天秤にかけて考えた結論が、このようになりました。


これはあくまで私の結論ですので、強引に時間を作って、徹夜で遊ぶのが100%悪いと主張しているわけではありません。


徹夜は確かに身体に悪そうですが、月に1回とか、徹夜で遊ぶ為に残りの日々を頑張れるというのなら、それは素晴らしい事だと思いますし、全然否定はしませんよ。
それに、皆さんそれぞれ事情が違うと思いますので…。


と、RTAの最終試合をやりながら、明らかに作業プレイになっている部分を中心として考えました。
皆さんには申し訳ありませんが、徹夜でRTAをプレイする事は引退とさせて頂きます。
どうかご理解頂ければ幸いです。
(創作活動の方は、うーん…休止で。色々落ち着いて、呼吸が整いましたら(3つの意味で)ちょっとずつ創作すると思います。)


それでは、読んで頂いてありがとうございました。



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